既存の医薬品や、開発段階で頓挫した化合物を、当初の想定とは異なる疾患の治療薬として開発する“ドラッグ・リポジショニング”。新たな新薬開発の手法として、ここ数年、脚光を浴びていますが、こうした取り組み自体は以前から行われています。
ドラッグ・リポジショニングで生まれた新薬の場合、既存製品と対象疾患が大きく異なるなどの理由で、別の名前を持った新薬として承認を取得するケースも少なくありません。
名前は違っても有効成分は同じ。そんな医薬品を集めるとともに、活発化するドラッグ・リポジショニングへの期待と課題をまとめました。
あの薬とこの薬、名前は違っても同じ成分
ドラッグ・リポジショニングとは、すでに承認されている医薬品や、開発中止となった新薬候補化合物を、当初の想定とは全く異なる疾患の治療薬に“転用”する取り組みのことです。
概念としては比較的古くから知られており、もともと狭心症治療薬として開発していたシルデナフィルを、ED治療薬「バイアグラ」として製品化したのは有名な話。その「バイアグラ」も発売から約10年たった2008年、今度は「レバチオ」という別の製品名で、肺動脈性肺高血圧症治療薬として臨床現場に登場しました。
ドラッグ・リポジショニングで生まれた医薬品は、同じ有効成分であっても、適応拡大ではなく、別の製品名を持った新薬として承認を取得するケースも少なくありません。▽既存製品と効能・効果や用法・用量が大きく異なるため、医療事故につながる可能性がある▽既存製品とは開発企業が別―といった理由からです。
3つの名前を持つタダラフィル
日本イーライリリーのタダラフィルは、ED治療薬「シアリス」、肺動脈性肺高血圧症治療薬「アドシルカ」、前立腺肥大症に伴う排尿改善薬「ザルティア」と、実に3つの製品名を持つ珍しい医薬品です。
タダラフィルは、筋肉を弛緩させる物質の働きを弱めるホスホジエステラーゼ5(PDE5)という酵素の働きを阻害する薬剤。血管や尿道の周りの筋肉を弛緩させることで、血流や尿の通りを改善し、こうした疾患に効果を示すとされています。
大塚製薬のレバミピドも、話題となったドラッグ・リポジショニングです。
1990年に発売された胃炎・胃潰瘍治療薬「ムコスタ」は、粘液の主成分であるムチンの産生を促進し、胃粘膜を保護する作用を持ちます。大塚製薬はこの作用をドライアイの治療に転用。涙液のムチン減少による角膜や結膜の障害を改善する効果が認められ、「ムコスタ点眼液」として2011年に発売されました。
もちろん、全く異なる適応であっても、適応拡大で対応するケースもあります。
最近では田辺三菱製薬が、脳梗塞の治療に使う脳保護薬「ラジカット」(エダラボン)を、神経性の難病である筋萎縮性側索硬化症(ALS)治療薬として開発し、15年6月に適応拡大の承認を取得。大塚製薬の「サムスカ」(トルバプタン)は従来、心不全や肝硬変による浮腫の治療に使われてきましたが、14年3月に常染色体優性多発性嚢胞腎という希少疾患に対する適応を取得しました。
コストと時間を大幅節約、研究開発が活発化
ドラッグ・リポジショニングの最大の利点は、開発にかかるコストや期間を大幅に節約できることです。
既存の医薬品は、これまでの使用経験から一定の安全性が確かめられており、臨床試験段階で思わぬ副作用が見つかり、開発に失敗するというリスクを小さくすることができます。すでにあるデータを使えるため、研究開発のプロセスの一部をスキップすることも可能です。成功の可能性が高い化合物を使って研究を始められるため、一から始めるより効率性も高まります。
“偶然の産物”ではなく“狙って開発”
従来は、開発の過程や臨床現場で、いわば“偶然の産物”として生まれることが多かったドラッグ・リポジショニングですが、最近ではそれを狙った動きが主流となっています。
厚生労働省が15年9月にまとめた「医薬品産業強化総合戦略」にもドラッグ・リポジショニングの促進が盛り込まれました。国内のアカデミアでも研究が盛んになっており、ここ数年でも
抗血小板剤「プレタール」(シロスタゾール)を認知症に(国立循環器病研究センター)
高脂血症治療薬スタチンを軟骨無形成症に(京都大)
肝炎治療薬「レベトール/コペガス」(リバビリン)を治療抵抗性前立腺がんに(慶応大)
尿素サイクル異常症治療薬「ブフェニール」(フェニル酪酸ナトリウム)を進行性家族性肝内胆汁うっ滞症に(東京大)
といった研究成果が次々と発表されています。
製薬企業側の動きも活発化しており、アステラス製薬は15年4月、ドラッグ・リポジショニングの専門部署を設置。武田薬品工業は、糖尿病治療薬「アクトス」(ピオグリタゾン)について、アルツハイマー病による軽度認知機能障害の発症を遅らせるための薬として欧米で臨床第3相試験を行っています。
バイオベンチャーのLTTバイオファーマは、非ステロイド型消炎鎮痛剤ジクロフェナクをドライアイ治療薬に転用するなど、ドラッグ・リポジショニングによる複数の候補品をパイプラインに揃えます。外資の動きは日本勢より活発で、英アストラゼネカは大阪大と共同研究を進めています。
「薬価」「後発品の適応外使用」など課題も
こうした動きの一方で、課題も少なくありません。
1つは薬価。既存の医薬品が別の新しい新薬として承認された場合、従来品とは異なる薬価が付くことになりますが、過去にはその価格差が問題視されたケースもあります。
過去には薬価が100倍以上開いたことも
きっかけとなったのは、2009年に発売された大日本住友製薬のパーキンソン病治療薬「トレリーフ」(ゾニザミド)。1989年に発売されたてんかん治療薬「エクセグラン」を転用したものですが、別のパーキンソン病治療薬を基準に薬価を算定した結果、1mgあたりで見ると111.3倍という高い薬価が付きました。
「トレリーフ」の薬価は一般のメディアでも取り上げられ、10年度の薬価制度改革では、こうした医薬品の薬価が高くなり過ぎないようにするためのルールの見直しが行われました。
いくら開発費用が抑えられるとはいえ、それなりのコストをかけて開発を行う製薬企業側からすると、既存の医薬品ということで薬価を低く抑えられてはたまりません。一方、「トレリーフ」の薬価をめぐっては「効能拡大と言えるようなものが、新薬として登録されると薬価が100倍になるという理屈が全く理解できない」といった意見も出ました。同じ有効成分なのに大きな価格差が生じることに、患者や医師から納得感を得がたいのも現状です。
もう1つは、後発医薬品の適応外使用です。ドラッグ・リポジショニングには、長く安全に使われている医薬品が適していると言えますが、こうした医薬品にはすでに後発品が存在している可能性が高く、医師が安い後発品を適応外使用することへの懸念は拭えません。
新薬開発のコストは高騰を続ける一方、化合物は出尽くしており、なかなか新薬を生み出せなくなってきた製薬企業。ドラッグ・リポジショニングは、こうした現状を打破する手法として期待を集めています。
開発コストが下がれば、これまで市場性の低さから製薬企業が手を出しにくかった希少疾病用医薬品の開発も加速する可能性もあるだけに、こうした課題にも早目に手を打っておくべきでしょう。