次世代の糖尿病治療薬として注目を集め、2014年から15年にかけて6成分7品目が相次いで発売されたSGLT-2阻害薬。販売する製薬各社は大型化を期待していましたが、安全性への懸念から処方に広がりを欠き、低空飛行が続いています。
しかしここに来て、普及の追い風となりそうな要素がいくつか出てきました。昨秋には「ジャディアンス」の心血管イベント抑制効果を明らかにした臨床試験結果が発表され、今年5月には日本糖尿病学会が高齢者への慎重投与を呼びかけてきたリコメンデーションを一部見直しました。
2016年度は100億円の大台を超える製品も出てきそう。本格的な市場形成が始まるのか、注目されます。
安全性に懸念、売り上げ伸び悩み
SGLT-2阻害薬は、腎臓の近位尿細管に存在するSGLT-2(ナトリウム・グルコース共役輸送体2)の働きを阻害する薬です。SGLT-2は、腎臓で作られた原尿(尿のもと)から糖を再吸収する役割を担うタンパク質。SGLT-2阻害薬は、この働きを阻害することで近位尿細管での糖の再吸収を抑制し、余分な糖を尿と一緒に体外に排出させ、血糖値を下げます。
SGLT-2阻害薬は、インスリンを介さずに余分な糖を外に出すという、従来の糖尿病治療薬とは全く異なるユニークな作用機序で、開発の早い段階から高い注目を集めました。
開発には多くの製薬企業が名乗りを上げ、国内では2014年4月の「スーグラ」を皮切りに、15年2月までのわずか1年足らずの間に6成分7品目が相次いで発売。「スーグラ」が528億円、「フォシーガ」が500億円をピーク時に予想するなど、各社とも大型化を期待。激しい競争に備え、販売面で他社と提携する企業が相次ぎました。
期待一転、市場に活気なく
しかし、各社の予想に反して売り上げは伸び悩んでいます。
売上高が公表されている国内企業の4品目の販売動向を表にまとめました。15年度は各品目とも長期処方が解禁され、「スーグラ」が前年度比77.8%増の73億円、「フォシーガ」が177.3%増の43億円と伸びたものの、期中に下方修正した売上高予想にも届かず。「ルセフィ」と「カナグル」にいたっては、前年度から大きく落ち込みました。
発売前の高い期待から一転、市場全体の活気のなさが、こうした数字にくっきりと表れています。
学会が慎重投与を勧告
こうした状況になってしまったのは、安全性への懸念から処方に強いタガがはめられたからです。
SGLT-2阻害薬はその作用機序から、多尿による脱水などの副作用があり、日本糖尿病学会の「適正使用委員会」は14年6月、高齢者への投与は慎重に検討するよう求めるリコメンデーションを発表。各社の市販後調査で死亡例が報告されたこともあり、医療現場では使用を控える傾向が広がりました。
吹き始めた追い風
安全性への懸念を背景に各社とも苦戦を強いられていますが、ここに来て処方拡大に結びつきそうな要素がいくつか出てきました。
学会が勧告見直し
1つは、今年5月に日本糖尿病学会の適正使用委員会がリコメンデーションを見直したことです。従来は高齢者に対して一律に慎重投与を求めていましたが、これを「75歳以上の高齢者あるいは65歳から74歳まで老年症候群(サルコペニア、認知機能低下、ADL低下など)のある場合には慎重に投与する」と変更。慎重投与すべき患者像を明確にしました。
メーカー各社が行った市販後の全例調査では、有害事象や副作用の内容と頻度に治験結果との大きな違いは見られませんでした。慎重投与すべき患者像が明確になったことで、それ以外の高齢者には投与しやすくなったと言え、処方の拡大を後押しするかもしれません。
心血管リスク抑制を示す試験結果が公表
もう1つは、「ジャディアンス」(エンパグリフロジン)が心血管死のリスクを低減させたとする「EMPA-REG OUTCOME」試験の結果が公表されたことです。
この試験は、「ジャディアンス」を手がける独ベーリンガーインゲルハイムと米イーライリリーが世界42カ国、7000人以上を対象に行った試験。15年9月の欧州糖尿病学会で発表されました。それによると、ジャディアンスはプラセボに比べて心血管リスクを14%有意に低下。心血管死は38%減少しました。
副作用への懸念が払拭しきれていない中、心血管リスクの抑制効果を示す試験結果が今の使用状況をすぐに一変させるとは考えにくいですが、処方拡大へのポジティブな要素であることは間違いありません。
同様の試験は、ほかのSGLT-2阻害薬でも行われており、試験結果への期待が高まっています。今後、さらにエビデンスが積み上がっていけば、SGLT-2阻害薬の位置付けも変わってくるかもしれません。
16年度は「スーグラ」「フォシーガ」が100億円の大台に
各社は今後も適正使用を重視したプロモーションを続けますが、16年度はわずかながら販売に勢いがついてきそうです。
16年度に各社が予想する売上高は、「スーグラ」が71.1%増の125億円、「フォシーガ」が134.0%増の100億円で、2製品がようやく100億円の大台に乗る見通し。「カナグル」と「ルセフィ」も15年度の落ち込みから回復を見込んでいます。
適正使用の積み重ねで安全性への懸念を払拭していくことが処方拡大の最大のポイントになりそうですが、体重減少や体脂肪減少によるインスリン抵抗性の改善など、SGLT-2阻害薬のメリットを発揮できる患者は決して少なくないはずです。
吹き始めた追い風をとらえて低空飛行から脱することができるのか。16年度は、それを占う年になるかもしれません。