東京レインボープライドでのパレードの様子(日本イーライリリーの社員ら)
製薬企業の間で、SOGI(=性的指向・性自認)の多様性を尊重する取り組みが広がっています。今年4月に開かれた「東京レインボープライド」(LGBTQ+当事者と支援者が参加するイベント)には製薬企業19社が協賛やブース出展を通じて参加。職場環境の整備から採用活動、事業での取り組みまで、社員主導でさまざまな動きが進みます。
INDEX
進む職場環境整備
SOGIへの取り組みはダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I、多様性・公平性・包括性)の一環。当事者を含むすべての従業員の心理的安全性を保ち、誰もが自分の能力を発揮できる組織を作ることを目指しています。各社が「働きがいのある職場づくり」(アストラゼネカ)、「カミングアウトしてもしなくても心地よい職場環境をつくる」(アッヴィ)といったメッセージを発し、外資系や国内大手を中心に取り組みが進んでいます。
昨年11月に発表された、企業の性的マイノリティへの取り組みを評価する「PRIDE指標 2023」では、製薬業界から最上位のゴールドに19社、2番目のシルバーに5社が認定されました。評価指標は「Policy(行動宣言)」「Representation(当事者コミュニティ)」「Inspiration(啓発活動)」「Development(人事制度・プログラム)」「Engagement/Empowerment(社会貢献・渉外活動)」の5つで、ゴールドに認定された企業はそのすべてで取り組みを行っているとされています。
多くの企業が行っているのが、パートナーシップ制度の整備や研修・教育の実施など。配偶者の定義を同性婚パートナー(事実婚パートナーを含む企業も)にも広げるパートナー登録の取り組みは、2016年にジョンソン・エンド・ジョンソンが業界で最初に導入し、2018年に協和キリンやMSD、ノバルティスファーマが導入。その後も広がっており、今年に入ってからも1月に日本ベーリンガーインゲルハイムが、4月に武田薬品工業が導入しました。運用は各社によって異なりますが、育児休暇や住宅補助、特別弔慰金といった福利厚生で同性婚・事実婚を法律婚と同じように扱うとするのが一般的です。
研修・教育では、社員の理解促進と行動変容を目指したeラーニングや講演会、ワークショップなどを各社が行っています。20年6月施行のパワハラ防止法では、アウティング(本人の了承なしにSOGIを暴露すること)やSOGIハラスメントへの対策を企業に義務付けており、ハラスメント研修に組み込む企業もあります。アンコンシャスバイアス(無意識に偏ったものの見方)への気付きを意図してVRなどを使ったロールプレイ形式の研修を行う企業や、eラーニング受講者にアライ(性的マイノリティ当事者を理解し、支援する人を指す言葉)グッズを配る企業など、さまざまな方法で問題を自分ごと化してもらい、多様性を受容する文化を醸成する取り組みが行われています。
企業の垣根を超えて
このほか、「誰でもトイレ」の設置や男女別制服の廃止など職場環境の整備も各社で進んでいますし、サノフィやオルガノンなどは通称名が使用可能であることを公にしています。採用活動でも動きがあり、たとえばアステラス製薬や田辺三菱製薬などはエントリーシートの性別欄を廃止し、第一三共も任意記入に変更。中外製薬やノバルティスのように採用に関わる社員のマニュアルを用意する企業も出てきています。
こうした活動を推進するのが、従業員リソースグループ(ERG)や社内の当事者・支援者コミュニティなど。外資系企業や国内大手などでは特に、有志社員による活動が活発です。企業の垣根を超えた活動も活発で、業界内には▽グラクソ・スミスクライン(GSK)▽武田薬品▽ノバルティス▽ヴィーブヘルスケア▽ブリストル・マイヤーズスクイブ▽日本イーライリリー▽ファイザー――の7社連合「Pharma Ally Japan」と、▽アストラゼネカ▽アッヴィ▽アレクシオンファーマ▽サノフィ――の4社アライアンス「Pharma for PRIDE」があり、社員だけでなく業界内外に向けた情報発信を行っています。
医療従事者や患者に向けた活動も
製薬企業がビジネスの舞台とする医療・ヘルスケア業界に向けた取り組みも出始めています。LGBTQ+をはじめとするマイノリティの人たちは医療への信頼度が低い傾向にあるとされ、当事者からは「パートナーを家族として認めてほしい」「院内で下の名前を呼ばないでほしい」といった要望があるといいます。受診時の不快な思いは当事者らの足を医療機関から遠のかせ、健康格差の要因の1つになっています。
こうした課題を解決しようと、医療機関や社会に働きかける動きも増えてきています。Pharma for PRIDEの4社は昨年末、医療従事者を対象に当事者の思いを知ってもらう講演会を開催。アステラスやノバルティスなども講演会やウェブサイトを通じて医療従事者への情報発信を行っています。
さらにノバルティスは昨年、医療従事者にe-ラーニングを提供するとともに、アライを表明した医師がどこの病院にいるか検索できる「アライ表明医師マップ」を公開しました。LGBTQ+当事者の患者が安心して医療を受けられる環境の整備を目指しており、登録医師を増やしていきたい考えです。
関連記事:LGBTQ+当事者が医療にアクセスしやすい環境をつくりたい―ノバルティスが「Ally表明医師マップ」を作成したワケ
バイエル薬品は22年から認定NPO法人「虹色ダイバーシティ」と3年間のパートナーシップを結んでいます。同団体が運営する「プライドセンター大阪」を支援しているほか、当事者・支援者へのインタビュー動画を共同で制作し、23年1月に公開を始めました。医療機関や企業、自治体、学校などの研修で活用してもらうことを意図しています。
ICFを改訂
アッヴィでは、美容医療を手掛けるアラガンエステティックスが昨年から、日本美容外科学会と美容アンチエイジング国際医学会に啓発目的のブースを出展。いずれも700~1000人の医師が参加する学会です。アッヴィの社内コミュニティをリードする松永剛祐さんは「自社の事業領域の中でも医療者が当事者と接する機会が多いと考えられる美容外科領域で活動を始めた」と話します。
アッヴィが美容医療の学会に出展した啓発ブース(同社提供)
リリーは、ERGメンバーの働きかけで臨床試験参加者への同意説明文書(ICF)のテンプレートを改訂。「臨床試験では生物学的な性別を尋ねていますが、当院や治験依頼者は治験参加者の性自認を尊重しています」という旨の文言を追加しました(実際の文書はこれを参考に治験責任医師が作成する)。アライの医師らでつくる「にじいろドクターズ」の坂井雄貴医師は、トランスジェンダーの当事者にとって性別を聞かれることの1番のストレスは、なぜ問われているかがわからないことだと指摘。治験を行う側は、生物学的な性別なのかジェンダーなのか…つまり「何を聞いているのか。それはなぜか」に自覚的である必要があり、わかりやすく記述することが求められると話します。
抗HIV薬を扱うヴィーブは、ピアエデュケーション(仲間同士での学び合い)を行う複数の当事者コミュニティ・NPOとともに、疾患啓発など当事者の支援を行っています。「HIVは誰でも感染し得るもので、本来、HIV感染とSOGIを強く結びつけることはしたくない。しかし、構造は似ていて、二重に差別を受ける患者さんがいることも事実。患者さんが自分らしく生きるためには、HIVに対する差別や偏見をなくすだけでは足りない」。同社の笹井明日香さんは、疾患啓発とともにLGBTQ+の理解促進に取り組む背景についてこう話します。
東京レインボープライドでのヴィーブヘルスケアのブース展示(一部)。「HIV感染=エイズではない」「適切な治療を受けている人からは感染しない」といった知識(左)や、新宿二丁目などへ掲出する啓発看板について(右)紹介した。
にじいろドクターズの坂井医師は、医療従事者や患者に向けた業界の取り組みについて「企業が同じ課題意識を持っていることは本当に心強い。課題意識はプライマリケア医の間では広がりつつあるが、領域専門医の関心はまだ低いのが現状。製薬企業のネットワークへの期待は大きい」と強調。医療従事者や患者への直接的な働きかけはもちろん、社内向けの活動もすそ野を広げるものだとし、企業の取り組みに期待を寄せました。