遺伝性網膜ジストロフィー向け遺伝子治療薬治療薬「ルクスターナ」(ノバルティスファーマ)が発売されました。両目への投与で約1億円という高薬価が話題ですが、失明の恐れのある疾患だけに患者にとっては大きな福音となりそうです。眼科はアンメット・メディカル・ニーズが多く残る疾患領域。国内製薬大手も本格参入の時期に入り、市場の様相が変わってきました。
アステラス、買収・提携で基盤強化
ルクスターナは、遺伝性網膜ジストロフィーの原因の1つである「RPE65遺伝子」の機能欠損を補う遺伝子補充療法です。この疾患には治療法がなく、患者は夜盲や視感度低下などで日常生活を大きく制限されていました。ノバルティスの遺伝子治療製品としては「ゾルゲンスマ」「キムリア」に次ぐ3つ目(in vivoの遺伝子治療薬としては2つ目)の製品となります。
眼科領域では、こうした新規モダリティによる新薬開発が活発に行われています。国内大手で早くから着手していたのはアステラス製薬です。2015~17年度の経営計画で眼科を新たな重点領域の1つに掲げ、再生・細胞医療のアプローチで新薬開発に取り組む方針を表明。16年2月には早速、眼科領域で細胞治療の開発を手掛ける米オカタを買収しました。
その後の展開も活発で、18年2月に米ユニバーサルセルズ、同年8月に英ケセラ、23年7月に米アイベリック・バイオを買収。同年5月には米4DMTとの提携も発表しました。いずれも細胞医療や遺伝子治療を開発するバイオベンチャーで、アステラスはこれらを通じて眼科領域の事業基盤強化を図ってきました。
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「アイザーヴェイ」米国で承認
このうち、アイベリックが開発した地図状委縮を伴う加齢黄斑変性治療薬「アイザーヴェイ」は、8月4日に米FDA(医薬品食品局)から承認を取得しました。岡村直樹社長は販売展開について「フィールドセールスのチームが網膜専門医や検査機関などの連携を幅広くカバーしていく」と説明。国内開発については未定ですが、すでに欧州でも申請を済ませており、27年に特許切れを迎える抗がん剤「イクスタンジ」の減収を補う製品群の1つに位置付けています。
パイプラインには、萎縮型加齢黄斑変性の適応を狙った網膜色素上皮細胞「ASP7317」が臨床第1相(P!)試験の段階にあります。新型コロナの影響で一時的に開発を中断しましたが、6月には再開後最初の投与(2例)が行われました。前臨床や研究の段階にもケセラの遺伝子治療プログラムなどが控えています。
「バビースモ」で参入の中外、パイプラインも充実
中外製薬は、親会社であるスイス・ロシュの開発戦略にそって22年5月に「バビースモ」を発売。眼科領域への初参入を果たしました。同薬は血管内皮増殖因子-Aとアンジオポエチン-2の働きを阻害するバイスペシフィック抗体で、適応は加齢黄斑変性と糖尿病黄斑浮腫。これら2つは視力喪失につながる可能性がある疾患で、国内患者数は合わせて160万人を超えると推計されています。ピーク時売上高は320億円と予想。発売にあたって眼科専門MRを置き、エリアのスペシャリティMRとの連携体制を構築しました。
販売開始当初は他製品からの切り替えが主でしたが、徐々に新規患者を取り込んでいるようです。ただ、23年上期(1~6月)売上高は67億円で、通期予想(174億円)に対する進捗率は38.5%と遅れ気味。同社はやや強気な予想を立てたことが要因としています。発売2年目で成長過程にあるだけに、下期は予想との差を詰められそうです。
適応拡大に向けた開発も進めており、4月には網膜静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫で国内申請。網膜色素線条でもP3試験を行っています。バビースモのほかにも、ラニビズマブ(「ルセンティス」としてスイス・ノバルティスが販売している抗VEGF抗体)を年2回の処置で済ませる眼内留置(PDS)製剤がP1/2試験を実施中。ロシュが行うグローバルP3試験に参加している抗IL-6抗体「RG6179」はアンメットニーズの高い「非感染性ぶどう膜炎に伴う黄斑浮腫」を対象としており、眼科領域でのプレゼンスをより高めていく考えです。
住友は細胞、大塚は遺伝子
一般用医薬品が主体のロート製薬も、医療用眼科領域で複数のパイプランを有しています。いずれも他社との連携ですが、サイトメガロウイルス角膜内皮炎などを対象とする「ROH-101」が25年、ドライアイ治療薬「ROH-201」は27年の承認取得を目指しています。
住友ファーマは、バイオンチャーのヘリオスと他家iPS細胞由来網膜色素上皮細胞のP1/2試験を開始。アッヴィやヤンセンも国内での市場進出に意欲的です。大塚製薬は米シェイプと共同研究契約を結び、眼科領域の複数の標的に対する遺伝子治療薬の開発に乗り出しました。
参天トップの市場構造も転換点に
国内の眼科用剤市場はどのように推移しているのでしょうか。IQVIAの集計によると、2014年度に薬効別で初めてトップ10入り。同年の市場規模は3053億円(薬価ベース)で、20年度には3596億円まで拡大しましたが、その後2年間は減少しています。ルセンティス(22年度の売上高は34.1%減)へのバイオシミラー参入などが響いているようです。
企業別で国内トップシェアを維持しているのは、眼科のスペシャリティ企業である参天製薬です。23年3月期売上高は、前期比2.2%増の1773億7300万円でした。同社によると、国内医療用眼科薬市場で53.5%のシェアを握り、他社を引き離しています。最主力で加齢黄斑変性などが適応の「アイリーア」はバイエル薬品が製造販売承認を持つ製品で、同社は近い将来にバイオシミラーの参入が想定されるとしてバイオAG(オーソライズド・ジェネリック)の承認も取得しています。
参天製薬に象徴されるように、眼科これまでスペシャリティ分野として専業メーカーが強い存在感を発揮する領域でした。しかし、大手が新規モダリティを使って新薬開発を活発化させてきたことで、その様相は変わってきました。長く続いた市場構造も、転換期を迎えていると言えそうです。
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