2016年の製薬業界は、薬価制度、特に高額な薬剤に対する大逆風が吹き荒れた1年でした。
4月の薬価制度改革では、予想を超えて売り上げが大きく拡大した医薬品の薬価を最大50%引き下げる「特例拡大再算定」が導入されました。社会的にも注目を浴びた「オプジーボ」の薬価は、半額まで引き下げることで決着。薬価の毎年改定も決まりました。
薬価抑制策による日本市場の不透明感を物語るように、米国市場への進出に向けた動きも相次ぎました。長期収載品を手放したり、非中核事業を売却したりと、「選択と集中」を志向した動きも続いています。
2016年もさまざまな出来事があった製薬業界。今年を象徴する3つの切り口で1年を振り返ります。
INDEX
【高額薬剤】特例拡大再算定が導入 オプジーボ異例の50%下げ…薬価は毎年改定へ
2016年の製薬業界を最も象徴するキーワードは、やはり「高額薬剤問題」でしょう。
4月に施行された16年度薬価制度改革では、予想を超えて売り上げが大きく拡大した医薬品の薬価を大幅に引き下げる「特例拡大再算定」が導入。対象は、(1)年間販売額1000億円超1500億円以下で、予想年間販売額の1.5倍以上(2)年間販売額1500億円超で、予想年間販売額の1.3倍以上――の医薬品で、(1)は最大25%、(2)は最大50%引き下げられることになりました。
特例拡大再算定導入のきっかけを作ったのは、15年に発売されたギリアド・サイエンシズのC型肝炎治療薬「ソバルディ」と「ハーボニー」。両剤は4月の薬価改定で約32%の大幅な薬価の引き下げを受けました。製薬業界側は「イノベーションを阻害する」と強く反発。“国民皆保険の維持”と“イノベーション”の両立という、大きな課題を突き付けました。
特例拡大再算定のショックも冷めやらぬ間に、高額薬剤問題は小野薬品工業の免疫チェックポイント阻害薬「オプジーボ」に飛び火しました。4月、財務省の財政制度等審議会財政制度分科会で、日赤医療センター化学療法科の國頭英夫部長が、非小細胞肺がん患者の半数に当たる5万人に1年間「オプジーボ」を投与すると、それだけで1兆7500億円かかるとの試算を公表。「夢の新薬が国を滅ぼす」と社会的にも大きな注目を集めました。
こうした動きを受けて夏には、厚生労働省の中央社会保険医療協議会(中医協)が、次の18年度薬価改定を待たずに「オプジーボ」の薬価を引き下げることも視野に、高額薬剤に対する対応の検討を開始。そして11月、「オプジーボ」の薬価を17年2月から半額に下げる異例の薬価引き下げが決まりました。
「オプジーボ」の薬価をめぐる問題は、薬価制度のあり方そのものにも及び、12月には政府が一部品目を対象に薬価の毎年改定を行うことを決定。「オプジーボ」のように適応拡大によって市場規模が拡大した医薬品は、年4回の新薬の薬価収載のタイミングに合わせて薬価を見直すことも決まりました。
【米国進出】準大手・後発品メーカーに相次ぎ動き 日医工が大型買収
2016年は、準大手クラスの新薬メーカーや後発医薬品メーカーが、相次いで世界最大の市場である米国市場参入に向けた動きを見せた1年でもありました。
田辺三菱製薬は2月、米国に販売子会社「MTファーマアメリカ」を設立。6月には、米国初の自社展開品となる筋萎縮性側索硬化症(ALS)治療薬エダラボンの申請にこぎ着けました。協和発酵キリンも1月に公表した中期経営計画で、米国での自社販売体制構築に乗り出す方針を表明。大型化を見込む「くる病」の治療薬など、複数の製品を米国に投入する計画です。
後発品メーカーでは、日医工が約750億円を投じて米セージェント社を買収。バイオシミラーの発売で参入を予定する米国市場に足場を築きました。沢井製薬は、申請中の高脂血症治療薬ピタバスタチンに加え、過活動膀胱治療薬ミラベグロンの後発品を新たに米FDAに申請しました。
国内市場の先行きに不透明感
各社が相次いで米国市場への参入に動くのは、日本市場の先行きに不透明感が漂っていることにほかなりません。特例拡大再算定の導入をはじめとする薬価制度の大きな見直しは経営の予見性を低下させ、後発品の急激な使用拡大も新薬メーカーの経営を厳しくしています。拡大が続く後発品市場も、数量シェア80%の目標達成後は縮小に転じるとの見方も出ています。
今年相次いだ米国市場参入に向けた動きは、裏を返せば日本市場の将来が厳しいことを物語っていると言えるでしょう。
【選択と集中】長期収載品の移管続々 武田が和光純薬を売却
新薬開発に経営資源を集中的に投下しようと、ここ数年、製薬業界で続いてきた「選択と集中」を志向した動きは、2016年も活発でした。
中でも特徴的だったのが、新薬メーカーが収益性の下がる長期収載品を相次いで他社に移管したことでしょう。4月には武田薬品工業とイスラエルテバが「武田テバ薬品」を設立。武田は長期収載品30成分を武田テバに移管しました。塩野義製薬も12月1日付で長期収載品21製品を共和薬品工業に移管。外資系企業では、ノバルティスファーマがインド・サンファーマの日本法人に14製品を承継すると発表しました。
14年のクリストフ・ウェバー社長の就任以降、大胆な「選択と集中」を進めてきた武田薬品は1月、これまで得意としてきた糖尿病領域の研究から撤退すると表明。7月には研究開発体制の再編を発表し、12月には創業家も株主に名を連ねる子会社の試薬大手・和光純薬を富士フイルムに売却すると発表しました。
大手ではこのほか、アステラス製薬が皮膚科領域の事業をデンマークのレオファーマに売却。エーザイは消化器領域の事業を分離し、味の素製薬と統合して「EAファーマ」を発足させました。
海外に目を向けると6月には仏サノフィと独ベーリンガーインゲルハイムが一般用医薬品事業と動物薬事業の大規模な事業交換に合意。米ファイザーは4月にアイルランド・アラガンの買収を撤回したあと、8月には米メディベーションを約1兆4000億円で買収するなど、大規模な業界再編が続きました。
日本企業の間では欧米大手のような派手な動きは見られないものの、製品や事業レベルでの売却・買収が続くことで、緩やかに業界再編が進んでいくのかもしれません。
業界再編といえば、厚労省の「ワクチン・血液製剤産業タスクフォース」が10月、ワクチン・血液製剤産業の業界再編を促す提言をまとめました。一方で、血液製剤の不正製造で過去最長となる110日の業務停止処分を受けた化学及血清療法研究所(化血研)とアステラス製薬の事業譲渡交渉は破談に。厚労省は引き続き化血研に事業譲渡を求めており、反発する化血研との間で来年も綱引きが続くことになりそうです。
人員削減の流れ続く
人員削減の流れも続きました。国内企業では今年、田辺三菱製薬(634人)と大日本住友製薬(295人)が早期退職を行いました。アステラス製薬は子会社の解散、大日本住友は工場の閉鎖に伴い、来年以降、早期退職を行う方針を表明。第一三共が17年4月から役職定年制を導入することも明らかになり、外資系企業では12月、アストラゼネカが早期退職を募集したことが業界紙で報じられました。
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世界に目を向けると、英国のEU離脱や、米大統領選でのドナルド・トランプ氏の勝利など、混迷の時代を予感させる出来事が起こった2016年。製薬業界にとっても、薬価制度の大きな見直しで先行きの不透明感が一層増した1年でした。
2017年は、薬価制度の抜本改革に向けた議論の年。薬価の毎年改定のみならず、薬価算定のあり方に対しても多くの課題が指摘されており、製薬業界の将来を大きく左右する重要な1年になりそうです。