製薬企業が取り組むAI創薬が成果を出し始めています。アステラス製薬と中外製薬では今年、AIを使って生み出した新薬候補が臨床試験入りしました。産学連携でのプラットフォーム開発も進み、製薬企業での活用が期待されます。
創薬期間25%短縮
「AIを活用することで、ヒットジェネレーションから臨床に入るまでの期間の25%くらいを削減できるようになるのではないか」。中外製薬の飯倉仁上席執行役員トランスレーショナルリサーチ本部長は、自社開発した創薬支援AI「MALEXA(マレキサ)」の導入効果について、このように見通します。
同社は今年9月、MALEXAを使って創製した抗体医薬「BRY10」について、慢性疾患を対象とした臨床第1相(P1)試験を開始しました。MALEXAを使って開発した新薬候補が臨床試験に入るのはこれが初めてです。
BRY10の創薬では、リード抗体の最適化にMALEXAが使われました。飯倉氏は「中外の抗体は1つの抗体の中に複数の機能がある。その機能をすべて並立させるのは難易度が高いが、それをAIにやってもらうのはかなり機能するということが分かってきた。アミノ酸の配列を変えるとき、人間だと1回に3個4個だが、AIは20個30個と大胆に変えてくるので、検討できるスペースが大きくなった」と話します。
MALEXAには、リード抗体の配列を提案する「MALEXA-LI(LI=Lead Identification)」と開発候補抗体を提案する「MALEXA-LO(LO=Lead Optimization)」の2つがあり、BRY10に使われたのはMALEXA-LOです。もう1つのリード抗体の配列提案はまだ道半ばで、「かなり難しく、われわれも上手くいっていない」(飯倉氏)。ネックとなっているのは実験データがないことで、飯倉氏は「われわれがやりたいのは、(既存薬と)全然違うことを、全然違う機能を持たせて、ということ。そうなると学習できるデータがないので、使うのが難しいというのが現状だ」と言います。
「AI関与しないプログラムは減っていく」
アステラス製薬も9月から、AIを使って開発した「ASP5502」のP1試験を進めています。同薬は経口のSTING阻害薬で、対象としているのは自己免疫疾患の原発性シェーグレン症候群です。
AIを活用したのは「DMTAサイクル」((DMTA=Design、Make、Test、Analyze)と呼ばれる、リード化合物取得から開発候補化合物決定までの過程です。AIがデザインした6万通りの化合物の中から、AIによる特性予測結果を踏まえて研究者が約20の化合物を選択。自動合成ロボットを使って実際に合成・検証した上で、開発候補化合物を決定しました。AIの活用により、これまで平均2年かかっていた最適化のプロセスを7カ月に短縮できたといいます。
同社の志鷹義嗣CScO(Chief Scientific Officer)は「今後、低分子化合物のプログラムでAIが関わっていないものはどんどん減っていく」と見通します。同社はほかのモダリティにもAI創薬を展開していく考えです。
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産学連携での創薬AIプラットフォーム開発も進みます。日本医療研究開発機構(AMED)が旗振り役となり、国内の製薬企業17社が参加する「産学連携による次世代創薬AI開発(DAIIA)」では、▽化合物プロファイル予測AI▽新規化合物提案AI▽オミクス情報に基づく標的予測AI――の3つを統合したプラットフォームを開発。事業は今年度が最終年度で、今後、参加各社の創薬現場での活用が期待されます。DAIIAには、参加企業が従来は社外に出してこなかった構造式を含むアッセイデータなどを提供。企業間ではテータを共有しない「連合学習」の手法で創薬AIを開発しました。
7月に開かれた「創薬エコシステムサミット」では、当時の岸田文雄首相が「医薬品産業を成長産業・基幹産業と位置付ける」と宣言しました。中外製薬の奥田修社長CEO(最高経営責任者)は「医薬品産業が基幹産業になるということは、GDP寄与率を自動車産業並みに高めるということ。そのためには、日本発の新薬創出数をこれまでの2.5倍に増やす必要がある」と言います。AIには日本の新薬創出力向上への期待がかけられています。