世界中が注目したアメリカの大統領選は、共和党のドナルド・トランプ前大統領が返り咲きを決めました。
大統領選といえば、個人的にはアメリカでポスドクをやっていたころのことを思い出します。今から20年前の2004年、私が米国立がん研究所(NCI)留学のために渡米したその年は、ちょうど大統領選が行われる年でした。このときの共和党候補は2期目を狙う現職のジョージ・W・ブッシュ氏で、対する民主党の候補は、後にオバマ政権で国務長官を務めるジョン・ケリー氏。結果はブッシュ氏の再選でした。
印象に残っているのは、NCIの研究者たちが1つの部屋に集まって開票状況を見守っていたことです。「ケリーが勝てばサイエンスへの投資も増えるだろうから、研究環境も良くなりそうだ」「ブッシュ再選なら研究予算は減るかもな」。研究者たちは、こんな会話を交わしながらテレビに見入っていました。日本ではあまり見ない光景であり、新鮮だったと同時にかなり驚きました。
日本でも先月、衆院選が行われました。皆さん、投票には行きましたか?
選挙前まで、医薬品産業には政策的にかなりの追い風が吹いているように感じていました。今年4月の薬価制度改革はイノベーション評価の点で大きな改善が見られ、5月には政府の創薬力向上に関する構想会議が議論の中間取りまとめを公表。7月には国内外の製薬企業・団体を招いて「創薬エコシステムサミット」が開かれました。関連する規制の見直しも次々と打ち出され、イノベーション推進やドラッグ・ラグ/ロス解消に向けた機運が高まっているように思っていました。
衆院選の結果はご存知の通り、与党が大きく議席を減らして過半数を割り込みました。これから政治がどう動いていくのか分かりませんが、選挙前まで続いていた大きな流れが止まらないことを願っています。必要な人が必要な時に必要な薬を使えるということは、どの党が与党だからとか、誰が首相だからといったことに関係なく、国にとってすごく大事なことですから。
先月のコラム(久しぶりに開かれた研究室の同窓会、アカデミアで研究を続ける後輩たちと話して考えたこと)に書いたこととも関係しますが、より良い社会の実現を考えたとき、研究はイノベーションという形で世の中に貢献できる力を持っており、その力を発揮していくためには社会との対話が大切だと私は考えています。これは何も研究だけに関わることではなくて、薬を開発し、製造して届けるということについても、その重要性を訴え、進むべき方向をさまざまな人たちと議論していくことが大事でしょう。
話は変わりますが、私の最近の密かな楽しみは、日曜日の夜に家族が寝たあと、NHKで再放送されているドラマ「坂の上の雲」を見ることです。ドラマでは、福沢諭吉の「学問のすゝめ」の一節「一身独立して一国独立す」を主人公たちが口にする場面があります。一人ひとりができること・できたことを持ち寄り、より良い社会、より良い未来を目指していけるようになると良いなと思います。そんな世の中づくりに何らかの形で関われたらなと思いますが、私には何ができるのだろうか。衆院選投開票日の夜、テレビで開票速報を見ながらそんなことを考えていました。
※コラムの内容は個人の見解であり、所属企業を代表するものではありません。
黒坂宗久(くろさか・むねひさ)Ph.D.。アステラス製薬アドボカシー部所属。免疫学の分野で博士号を取得後、約10年間研究に従事(米国立がん研究所、産業技術総合研究所、国内製薬企業)した後、 Clarivate AnalyticsとEvaluateで約10年間、主に製薬企業に対して戦略策定や事業性評価に必要なビジネス分析(マーケット情報、売上予測、NPV、成功確率、開発コストなど)を提供。2023年6月から現職。SNSなどでも積極的に発信を行っている。 X:@munehisa_k note:https://note.com/kurosakalibrary |