製薬企業各社が、アトピー性皮膚炎に対する新薬開発を活発化させています。仏サノフィと米リジェネロンの抗体医薬デュピルマブは国内で開発の最終段階を迎えており、米国では承認申請が目前。中外製薬も抗体医薬ネモリズマブの開発を進めており、早ければ2019年度にも承認申請が行われる見通しです。
既存治療で十分な効果が得られない中等症・重症の患者に対する新たな選択肢として期待が高まります。
抗体医薬は3品目が開発中
国内で開発中のアトピー性皮膚炎に対する主な新薬を表にまとめました。
アトピー性皮膚炎はアレルギー疾患の一種で、かゆみを伴う湿疹が体のさまざまな場所にできる疾患です。はっきりとした原因は分かっていませんが、▽アレルギーを起こしやすい▽皮膚が乾燥しやすい―といった体質や、ダニ、化学物質、汗などの外部からの刺激が関係していると言われています。
日本で開発中のアトピー性皮膚炎に対する新薬は主に6品目。このうち3品目を占めるのが抗体医薬です。先頭を走っているのは、仏サノフィと米リジェネロンが共同開発するデュピルマブ。国内では臨床第3相(P3)試験を実施中で、米国では今年9月までに申請予定です。
デュピルマブは、IL(インターロイキン)4受容体αに対する抗体医薬で、アトピー性皮膚炎の炎症に関与するIL-4とIL-13のシグナル伝達経路を阻害します。
コントロール不良の中等症・重症の成人患者を対象に行った2つのP3試験では、全般的な疾患の重症度や皮膚病変、そう痒(かゆみ)などをプラセボに比べて有意に改善。一方、有害事象の発生率はプラセボと同等でした。デュピルマブは米FDA(食品医薬品局)から「ブレークスルーセラピー」(画期的治療薬)の指定を受けています。
これに続くのが中外製薬の抗IL-31受容体抗体ネモリズマブ。アトピー性皮膚炎の痒みを誘発するサイトカインであるIL-31と受容体の結合を阻害することで、IL-31の作用を抑え、効果を示します。
中等症から重症の患者を対象に日米欧などで行っている国際共同P2試験では、痒みの程度を判定する評価指標「そう痒VAS」の変化率でプラセボに比べて有意な改善が認められました。
P3に失敗したアンジェスMGの核酸医薬
一方、アンジェスMGが中等症以上の顔面のアトピー性皮膚炎を対象に開発を進めているNF-κBデコイオリゴDNA「AMG0101」は、国内のP3試験で主要評価項目を達成することができませんでした。P3試験で良好な結果が得られれば、2016年中に国内で承認申請を行う方針でしたが、これは一旦白紙に。開発競争という点では、「AMG0101」が後退し、デュピルマブとネモリズマブが抜け出す格好となりました。
「AMG0101」は核酸医薬で、開発に成功すれば「初の国産核酸医薬」「アトピー性皮膚炎に対する初の核酸医薬」となるはずで、期待を集めていました。アンジェスMGは、試験結果を詳しく分析して今後の開発方針を決定する予定。販売面では塩野義製薬と提携を結んでおり、アンジェスMGの判断が注目されます。
増える患者、新薬は大型化へ
アトピー性皮膚炎の患者数は近年、増加傾向にあります。
厚生労働省が3年に1度行っている「患者調査」によると、2002年に27万9000人だった推計患者数は、14年には45万6000人まで増加。この十数年で1.6倍増えました。
成人患者の増加著しく
かつては「子どもの病気」と言われたアトピー性皮膚炎ですが、最近では成人の患者も増えています。
患者調査の結果によると、14年は過去の調査に比べ、30歳以上で患者数が大幅に増加。1999年と比べると、40~44歳、45~49歳はそれぞれ6倍、50~54歳は4.8倍、35~39歳も2.7倍に増えました。大人になれば治ると思われがちなアトピー性皮膚炎ですが、今や30歳代以上の大人も苦しめる疾患となったことが分かります。
ネモリズマブ、グローバルで「2000億円超」
アトピー性皮膚炎の治療は、炎症を抑えるステロイドや免疫抑制剤の外用剤(塗り薬)が中心。既存の治療でも適切に行えば症状をコントロールすることは可能ですが、中等症や重症の場合は効果が十分に得られない場合も少なくありません。
患者数の増加や既存治療では満たされないニーズを背景に、アトピー性皮膚炎の新薬は大型化が見込まれています。中外製薬は、ネモリズマブの売上高はピーク時に世界で2000億円を超えると予測。皮膚科領域に強いスイス・ガルデルマに日本と台湾を除く全世界での開発・販売権を供与し、ネモリズマブの売り上げ最大化を目指します。
課題は「小児」と「薬価」
アトピー性皮膚炎に対する新薬には期待も高まりますが、一方で課題もあります。
1つは、小児に対して使えるのかどうか。成人患者が増加しているとはいえ、アトピー性皮膚炎患者の3分の1は15歳以下が占めます。一方、各社が行っている臨床試験は成人を対象としたものがほとんど。今後の開発で、対象となる患者の年齢をどこまで下げることができるかが、1つのカギになると考えられます。
もう1つは薬価。特に抗体医薬は、既存薬に比べて薬価もかなり高くなることが予想されます。アトピー性皮膚炎は慢性疾患のため、長期にわたる治療が必要です。
同じ慢性疾患では最近、高脂血症治療薬の抗体医薬「レパーサ」が、医療保険財政に与える影響が問題化。厚生労働省は「レパーサ」を、投与患者の選択基準や投与できる医師・医療機関の要件を定める「最適使用推進ガイドライン」の対象とすることを決めました。アトピー性皮膚炎に対する抗体医薬も、薬価の高さや財政への影響が議論になる可能性があります。
治療は大きな転換点に
課題も少なくありませんが、抗体医薬をはじめとする新薬が実用化されれば、アトピー性皮膚炎の治療は大きな転換点を迎えることは間違いありません。皮膚科領域では、生物学的製剤の登場によって乾癬治療が大きく変わりました。既存治療で効果が十分に得られなかった中等症・重症のアトピー性皮膚炎の治療にも、パラダイムシフトが迫っています。