
国内外のプライベートエクイティ(PE)ファンドが、日本のヘルスケア産業への投資を活発化させています。今年に入り、米ベインキャピタルが田辺三菱製薬の買収を発表し、武田テバはジェイ・ウィル・パートナーズの傘下に入りました。米ブラックストーンがシミックの株式の過半数の取得を発表するなど、投資対象はメーカーにとどまりません。2015年にユニゾン・キャピタルがあゆみ製薬を発足させて今年で丸10年。産業活性化や業界再編を実現する役割を担っていくのでしょうか。
先陣切ったユニゾン
PEファンドのビジネスモデルは、非上場企業の株式を取得し、比較的短期間で企業価値を向上させたあと、株式を売却して利益を得るのが基本。国内のヘルスケア業界でも近年、そうした事例が見られるようになってきました。
実質的に先陣を切ったのは日本のPEファンド、ユニゾン・キャピタル。15年6月、すでに傘下にあった昭和薬品化工から医薬品事業を切り離し、参天製薬から450億円で買収したリウマチ事業と統合。整形・リウマチ領域に特化したスペシャリティファーマとしてあゆみ製薬を設立しました。
あゆみ製薬はその後、バイオシミラーの販売にも乗り出し、ユニゾンは2019年に米ブラックストーンに全株式を売却。ユニゾンは4年程度でリターンを得ることに成功しました。
一方、ブラックストーンは買収から5年半たった今もあゆみ製薬を保有したままです。あゆみ製薬の売上高は、設立当時の約200億円から21年3月期に254億円、24年3月期には311億円と拡大。22年には久光製薬と東邦ホールディングスがあゆみ製薬の親会社の一部株式を取得しました。その後、10億ドル(当時のレートで1360億円)規模で売却を検討しているとの報道も出ましたが、実現には至っていません。
あるファンド関係者は「ヘルスケア産業は投資家にとって魅力的な分野」と話す一方、「製薬業界について必ずしも熟知しているわけではない」とも指摘。企業価値向上には難しさが伴います。
JWP、後発品3社を傘下に
ユニゾンは20年3月、今度はインド・ルピンから共和薬品工業を買収しました。共和薬品は中枢神経系領域を主力とする後発医薬品メーカー。買収には574億円を投じ、医薬品にとどまらない新たな事業展開を模索しました。しかし、工場で不正製造が発覚し、業務停止命令を受けて業績が悪化。私的整理の一種である事業再生ADR(裁判外紛争解決手続き)を申請する事態となりました。
厳しい経営状況に追い込まれた共和薬品に手を差し伸べたのが、企業再生を得意とする日本のPEファンド、ジェイ・ウィル・パートナーズ(JWP)です。24年3月、JWPはメディパルホールディングス(HD)とともに共和薬品の全株式を取得。JWP・メディパルHD連合は経営危機に陥った日医工を19年4月に傘下に収め、再建を進めていました。
JWP・メディパルHD連合はさらに、今年3月31日付で日本の後発品市場から撤退する意向を表明していたイスラエル・テバから武田テバファーマの全株式を取得。9月には、武田テバファーマがT‘sファーマに、武田テバ薬品がT’s製薬に、それぞれ社名を変更することが決まっています。3社が1つのファンドの傘下に入ったことで、大胆な再編の動きが出てくるのでしょうか。
あゆみ製薬を保有するブラックストーンはOTC薬にも触手を伸ばしました。21年3月、武田薬品工業が有利子負債圧縮のために売却する方針を示していた武田コンシューマーヘルスケアを2420億円で買収。社名を「アリナミン製薬」に変更し、国内トップのOTCメーカーに育てるとしていました。
しかし、24年7月にはアジア系のMBKパートナーズに約3500億円で売却。当初は、5~10年で上場させ、その後は段階的に経営から身を引くとの方針を示していましたが、およそ3年半での転売となりました。3500億円という価格には「それに見合う価値があるか疑問」(ファンド関係者)との声もありますが、BMKが今後、アリナミン製薬をどう展開していくのか注目されます。
出口戦略、ファンド間転売が中心
ファンドの出口戦略にはIPO(新規株式公開)もありますが、国内ヘルスケア業界ではまだ例がありません。前出のファンド関係者は「上場という中期的な視点はあまりない。4~5年で価値を高めて決着をつけたいのが本音」と話します。後発品では、複数の企業を抱えて再編を主導するとの見方もありますが、この関係者は「それはあくまで手段だ」と言います。
ファンドの矛先は新薬メーカーにも向かいます。かねてから三菱ケミカルグループが「ベストパートナーを模索している」としてきた田辺三菱製薬は、ベインキャピタルに5100億円で売却されることになりました。ファンドによる日本のヘルスケア業界への投資では、大手製薬企業を相手とする初の案件です。
そもそも三菱ケミカルグループが田辺三菱の売却に踏み切ったのは、多額の研究開発費が重荷となったからです。田辺三菱の現在のパイプラインは潤沢とは言えず、自社創製品の発売が見込みづらい中、ベインは研究開発にどの程度投資を行うのでしょうか。主力の筋萎縮性側索硬化症治療薬「ラジカヴァ」は29年5月に北米で特許切れを迎える見通しで、それまで4年しか時間がありません。
ファンド傘下に入った企業では、社員のモチベーション低下も懸念されます。慣れ親しんだブランドは社名から消え、コスト削減の波にも揉まれます。そうした面もまた、ファンドによる買収の現実と言えそうです。