6月上旬の米国臨床腫瘍学会(ASCO)で発表された、抗体薬物複合体(ADC)「エンハーツ」のHER2低発現乳がんを対象とした臨床第3相試験の結果は圧巻でした。詳しくはAnswersNewsの記事(「エンハーツ」HER2低発現乳がんP3で好結果―新たに数十億ドルの市場開拓へ)に譲りますが、HER2を標的としているこの薬がHER2の発現が非常に低いがんにも効果を示したのだから驚きです。
エンハーツは旧第一製薬と旧三共、それぞれの研究が合併を機に組み合わさってできた日本発の薬です。皆さんもご記憶の通り、第一三共はエンハーツの開発・商業化で英アストラゼネカと総額69億ドルという大きな提携を結びました。ディールの大きさからも、この薬がいかに商業的に有望であるかがわかると思います。
製薬業界には「ブロックバスター」という言葉がありますね。画期的な薬効を持つ薬で、年間の売り上げが10億ドルを超える大型薬のことです。日本の創薬力に対して何かと暗い話題が多い昨今、エンハーツのような画期的な大型薬の登場は希望でもあります。もちろん、日本発のブロックバスター候補はエンハーツだけではありません。エンハーツのほかにも、今まさにブロックバスターとなっている薬はありますし、将来ブロックバスター化が期待されているものもあります。
エンハーツ 28年に65億ドルの売り上げ予測
そこで今回は、Evaluateのデータをもとに日本発のブロックバスター(候補)を見てみたいと思います。対象は、日本に本社を置く製薬企業が自社創製した薬(Evaluateのデータベースで製品の由来〈Strategy〉が自社開発〈Organic〉に分類されている品目)で、2022年~28年に年間10億ドル以上の世界売上高が予測されている品目を抽出しました。(これまで「2026年まで」だったEvaluateのコンセンサス売上予測が、5月に「2028年まで」に更新されました。今回お届けするのは、できたてホヤホヤの最新の予測です)
冒頭で取り上げたエンハーツですが、28年には単年で約65億ドル(直近のレートで約8840億円)の売り上げが予測されており、2022~28年の累計売り上げは250億ドル(約3兆4000億円)を超える予想です。第一三共のADCでは、TROP2をターゲットとするダトポタマブ デルクステカン(DS-1062)も28年までにブロックバスターとなる予想。HER3に対するADCであるU3-1402は28年に約7.4億ドル(約1006億円)が予測されており、28年以降にブロックバスター化しそうな勢いを感じます。
日本企業発のブロックバスターには、エンハーツのほかにどんなものがあるかというと、2022年と28年の両方で10億ドル超の売り上げが予測されている医薬品として、
▽小野薬品工業と米ブリストル・マイヤーズスクイブの免疫チェックポイント阻害薬「オプジーボ」(22年:100億ドル/28年:157億ドル)
▽中外製薬とスイス・ロシュの血友病治療薬「ヘムライブラ」(22年:43.4億ドル/28年:64.8億ドル)
▽エーザイの抗がん剤「レンビマ」(22年:19.5億ドル/28年:25.2億ドル)
▽大塚製薬の抗精神病薬「レキサルティ」(22年:11.4億ドル/28年:21.5億ドル)
▽第一三共の抗凝固薬「リクシアナ」(22年:17.6億ドル/28年:17.7億ドル)
――などが挙げられます。これらは日本企業が開発した現役バリバリの新薬です。
住友ファーマのウロタロントなども期待
22年には10億ドルに届かないものの、28年までにブロックバスター化すると予測されている医薬品は4つあり、
▽アステラス製薬のADC「パドセブ」(28年に17.7億ドル)
▽協和キリンの低リン血症性くる病・骨軟化症治療薬「クリースビータ」(28年に16.8億ドル)
▽第一三共のADCダトポタマブ デルクステカン(一般名、28年に15.5億ドル)
▽住友ファーマの抗精神病薬ウロタロント(一般名、28年に10.3億ドル)
――があります。自社創製品ではありませんが、エーザイのアルツハイマー病治療薬レカネマブ(一般名)も28年にはブロックバスター化が予測されており、やはりこの分野には高い期待値がるのだとあらためて感じています。
ブロックバスターとまではいかないものの、日本の中堅製薬企業やバイオベンチャーが創製した品目の中から、比較的大きな売り上げが予測されているものを2つご紹介したいと思います。
1つは国産初の核酸医薬として知られる日本新薬のデュシェンヌ型筋ジストロフィー治療薬「ビルテプソ」で、28年の売り上げ予測は4.2億ドル(約571億円)。もう1つはサンバイオの再生細胞薬「SB623」で、こちらは28年に1.9億ドル(約258億円)の売り上げが予測されています。いずれも、会社の大きさからするとなかなかの規模の製品になりそうです。
欧米に比べると見劣りするかもしれませんが、大きく育つ可能性のある医薬品が日本で生まれていることは希望でもあります。日本は世界でも数少ない新薬をつくることができる国の1つ。これからもそうあり続けられるよう、官民挙げて創薬力を維持・向上させていってほしいと願っています。
※コラムの内容は個人の見解であり、所属企業を代表するものではありません。
黒坂宗久(くろさか・むねひさ)Ph.D.。Evaluate Japan/Consulting & Analytics/Senior Manager, APAC。免疫学の分野で博士号を取得後、米国国立がん研究所(NCI)や独立行政法人産業技術総合研究所、国内製薬企業で約10年間、研究に従事。現在はデータコンサルタントとして、主に製薬企業に対して戦略策定や事業性評価に必要なビジネス分析(マーケット情報、売上予測、NPV、成功確率や開発コストなど)を提供。Evaluate JapanのTwitterの「中の人」でもあり、個人でもSNSなどを通じて積極的に発信を行っている。 Twitter:@munehisa_k note:https://note.com/kurosakalibrary |