国内の製薬業界で、いわゆる「非競争領域」での協業が広がっています。田辺三菱製薬と武田薬品工業は、化合物に関する社内評価データの一部を共有する枠組みを構築。今春には、これまで「門外不出」とされてきた化合物ライブラリーを複数の製薬企業が相互利用する取り組みがスタートします。
研究開発の生産性 8割低下
田辺三菱製薬は1月18日、武田薬品工業と化合物の評価データを共有する枠組みを構築したと発表しました。共有するのは、それぞれが社内で取得した評価データのうち、公知の化合物に関する初期の薬効評価とADMETox(薬物動態・毒性)評価のデータの一部。創薬に活用し、研究の生産性向上を狙います。
製薬産業が近年直面している大きな課題が、研究開発の生産性低下です。デロイトの調査によると、内部収益率(IRR)で見たグローバル大手12社の研究開発生産性は、2010年から18年にかけて8割下落。創薬の難易度上昇やそれに伴うコスト増などが背景にあり、抜本的な効率化が求められています。
化合物に関する評価データは製薬企業にとって貴重な財産で、これまで外部に出ることはほとんどありませんでした。しかし近年、研究生産性の低下に対する打開策としてオープンイノベーションが広がり、各社が保有してきた財産を非競争領域と位置付けて共有する動きが活発化。社外データの収集は、昨今盛り上がっているAI創薬を実現する上でも重要となります。
「オールジャパン」のライブラリー構築
これまで「門外不出」とされてきた化合物ライブラリーを共有する取り組みも広がっています。
CROのCACクロアは今年4月から、複数の製薬企業が化合物ライブラリーを共有し、相互に利用する事業を本格的にスタートさせます。事業には、田辺三菱製薬と塩野義製薬、エーザイが参画。民間企業主導でライブラリーを継続的に共有・相互利用する事業は国内初といいます。CACクロアは今後、参画企業をさらに増やして「オールジャパン創薬ライブラリー」を構築し、アカデミアやバイオベンチャーにも利用を広げていきたい考え。評価データなどを集めたデータベースも構築し、AI創薬の実現も後押しします。
日本医療研究開発機構(AMED)は、国内の製薬企業22社から提供された30万化合物でライブラリーを構築し、アカデミア発の創薬シーズを対象にスクリーニングを行う「産学協働スクリーニングコンソーシアム(DISC)」を2015年に始動。20年度からは、中分子化合物のライブラリー構築にも取り組んでいます。
化合物ライブラリーを共有する動きが広がる背景には、新規モダリティの台頭や創薬手法の多様化により、ライブラリーをスクリーニングして新薬候補物質を探すという従来型の創薬手法の重要性が相対的に下がっているという側面もあります。
製造や物流でも
AI創薬では、100を超える製薬企業やIT企業、研究機関から600人以上の研究者が参加する「ライフインテリジェンスコンソーシアム(LINC)」が2016年に発足。各社が非競争領域のデータや技術を持ち寄り、AI創薬の基盤となるシステムの開発に取り組んでいて、一部はすでに参加企業によって実用化されています。3年計画でスタートしたLINCは昨年9月で終了し、今春からは「ポストLINC」として社会実装に向けた取り組みを加速させます。
非競争領域での協業は、研究開発の分野だけにとどまりません。
アステラス製薬と武田薬品工業、武田テバファーマ、武田テバ薬品の4社は2018年、共同で北海道に物流センターを設置。医薬品の共同保管・共同輸送を開始しました。災害時の安定供給や保管・輸送時の品質確保、輸送の効率化などが目的で、アステラスは北海道以外の物流センターでも同様の体制構築を目指しています。
製造の分野では、バイオ医薬品の製造技術開発を行う「次世代バイオ医薬品製造技術研究組合(MAB)」が13年に設立。協和キリン、第一三共、東レ、富士フイルム和光純薬など48の企業や研究機関が参加し、抗体医薬の連続生産技術の構築などに取り組んでいます。
薬価引き下げによる収益性の低下も背景に、あらゆるバリューチェーンで効率化が求められている製薬企業。革新的新薬の創出に向け、競争領域と非競争領域の見極めが重要になっています。
(前田雄樹)
【AnswersNews編集部が製薬企業をレポート】
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