糖尿病治療薬として開発されたSGLT2阻害薬に、「心・腎保護薬」としての期待が高まっています。心不全や腎臓病への適応拡大に向けた開発が進む中、これらに対する有効性を示すエビデンスが相次いで発表されています。低調だった市場も本格的な拡大期に入っており、SGLT2阻害薬は新たな局面を迎えようとしています。
カナグリフロジン 米で適応拡大申請
「2型糖尿病を合併する慢性腎臓病の患者に福音をもたらす素晴らしいデータだ」。SGLT2阻害薬カナグリフロジン(国内製品名・カナグル)を創製した田辺三菱製薬の三津家正之社長は5月の決算説明会で、導出先の米ヤンセンが同薬の腎アウトカムを検証した「CREDENCE試験」の結果を称賛しました。
糖尿病性腎症を合併する2型糖尿病患者4400人を対象に行われた同試験でカナグリフロジンは、主要評価項目である複合心・腎イベント(末期腎不全、血清クレアチニンレベルの倍化、腎臓死、心血管死)のリスクをプラセボに比べて30%低下。副次的評価項目である複合腎イベント(末期腎不全、血清クレアチニンレベルの倍化、腎臓死)のリスクも34%低下させました。
米国糖尿病学会がガイドライン改訂
腎アウトカムを主要評価項目とした大規模臨床試験でSGLT2阻害薬の有効性が示されたのはCREDENCE試験が世界初。ヤンセンは2018年7月、中間解析で有効性が示されたため試験を早期終了したと発表しており、今年4月の国際腎臓学会でデータが明らかになると大きな話題となりました。
同試験の結果を受け、米国糖尿病学会は今年6月に糖尿病診療ガイドラインを一部改訂。同試験の組み入れ基準と同じ▽eGFR(推算糸球体濾過値)が30mL/分/1.73㎡以上▽尿アルブミンが300mg/g以上――の2型糖尿病患者に対し、腎機能低下と心血管イベントの予防のためにSGLT2阻害薬を投与することを推奨しています。
ヤンセンは今年3月、CREDENCE試験の結果に基づき、2型糖尿病患者の慢性腎臓病への適応拡大を米FDA(食品医薬品局)に申請。日本では、田辺三菱が糖尿病性腎症を対象に臨床第3相(P3)試験を進めており、2023年の承認取得を目指しています。
3剤が心・腎でP3
SGLT2阻害薬は、腎臓の近位尿細管で糖を再吸収する役割を担うSGLT2(ナトリウム・グルコース共役輸送体2)の働きを阻害し、余分な糖を尿と一緒に体外に排出させることで血糖値を下げる薬剤。インスリンを介さないユニークな作用機序で開発段階から注目を集め、日本では14年から15年にかけて6成分7品目が相次いで発売されました。
2型糖尿病を対象に開発されたSGLT2阻害薬ですが、現在、心不全や腎臓病への適応拡大に向けた開発が活発に行われています。日本ではカナグルのほか、アストラゼネカの「フォシーガ」(一般名・ダパグリフロジン、販売は小野薬品工業)と日本ベーリンガーインゲルハイムの「ジャディアンス」(エンパグリフロジン)が、慢性心不全と慢性腎臓病を対象にP3試験を実施中です。
SGLT2阻害薬による心血管イベント抑制効果を大規模試験で初めて証明したのがジャディアンスです。心血管イベントリスクの高い2型糖尿病患者7000人以上を対象に世界42カ国で行われた「EMPA-REG OUTCOME試験」でジャディアンスは、主要評価項目の複合心血管イベント(心血管死、心筋梗塞、脳卒中)のリスクをプラセボ比で14%低下させ、SGLT2阻害薬に対する評価を一気に高めました。
糖尿病でない患者も対象に
ベーリンガーインゲルハイムは現在、慢性心不全を対象としたP3試験「EMPEROR HF試験」と、慢性腎臓病を対象とする同「EMPA-KIDNEY試験」を、日本を含むグローバルで実施中。いずれも糖尿病を合併している患者だけなく、糖尿病のない患者も対象としており、心・腎の領域で幅広い適応の取得を目指しています。
アストラゼネカも、「DAPA-CKD試験」(慢性腎臓病)や「DETERMINE試験」(心不全)など、心・腎領域を対象とした複数の試験からなるP3プログラム「DAPA Care」を進めています。今年8月には、2型糖尿病の有無を問わず駆出率の低下した慢性心不全(HFrEF)の患者を対象に行った「DAPA-HF試験」で、主要評価項目(心血管死と心不全の悪化)を達成したと発表しました。日本での申請は、心不全が2020年前半、慢性腎臓病は同年以降を見込んでいます。
国内市場 18年は前年比1.5倍に拡大
SGLT2阻害薬の国内市場は、18年度に配合剤を含めて700億円を超える規模に到達。前年度と比べると、単剤で29%、配合剤も含めると52%増加しました。
当初は高齢患者に対する安全性への懸念から学会が慎重な投与を呼びかけたこともあり、販売は伸び悩みましたが、エビデンスの蓄積やDPP4阻害薬との配合剤の登場などを背景に、市場は本格的な拡大期を迎えています。
単剤での売り上げトップはジャディアンスで、EMPA-REG試験の結果を味方に18年度は薬価ベースで171億円(前年度比55.2%増)を販売。2番手はフォシーガ(145億円、31.0%増)で、アステラス製薬の「スーグラ」(134億円、15.5%増)が続いています。
配合剤も存在感を高めており、田辺三菱の「カナリア」はカナグル単剤を上回る74億円を売り上げ、アステラスの「スージャヌ」も18年5月発売ながら44億円を販売しました。
19年度は、予想を公表しているスーグラ、フォシーガ、ルセフィ、カナグルの合計で、配合剤を含め29%の増加を予想。心臓や腎臓に対する有効性を示すエビデンスも追い風に、高成長が続く見通しです。
(前田雄樹)
【AnswersNews編集部が製薬企業をレポート】