米国に本社を置くコンサルティング企業Decision Resources Groupのアナリストが、海外の新薬開発や医薬品市場の動向を解説する「DRG海外レポート」。今回は、3月に開かれたデジタルヘルス・マーケティング関連の2つの大きなイベントで、DRGのアナリストが接したデジタルヘルスの最新動向を紹介します。
(この記事は、Decision Resources Groupのアナリストが執筆した英文記事を、AnswersNewsが日本語に翻訳したものです。本記事の内容および解釈については英語の原文が優先します。正確な内容については原文を参照してください。原文はこちら)
[eyeforpharmaバルセロナ]顧客重視のアプローチと、テック/ヘルステックの融合
欧州の製薬大手は、希少疾患の臨床試験で被験者の募集に手を焼いている。このニーズに対応しようと、テック系企業と製薬企業の提携が活発化している。
その1つに、サノフィとデジタル臨床試験のスペシャリストであるScience37のタイアップがある。希少試験の患者を見つけ出すことは製薬業界にとって共通の課題で、その解決には業界全体が責任を負う。
グローバル製薬企業は患者担当責任部長を置く傾向にあるが、CSLベーリングのCEOであるPaul Perreault氏は、3月12~14日にバルセロナで開かれたeyeforpharmaでこう宣言した。「我が社にはそのような人材を雇う必要はない。私がその患者担当責任部長だからだ」。CSLでは彼が患者担当としての責任を負うようだ。
ブランド重視のマーケティングは医師から顧みられていない
もう1つ、トレンドとして挙げられるのが、製薬企業のブランド重視のマーケティングは医師などの顧客からはほとんど顧みられていない、という見方が出ていることだ。
グリューネンタールのグローバル販売戦略トップFlorent Edouard氏は、eyeforpharmaバルセロナの「究極の顧客体験」をテーマとしたセッションで「ブランドなんてどうでもいい」と言い切ってみせた。グリューネンタールがこのセッションに登壇したのも、自社ブランドのためではなく顧客のためだ、と彼は言う。同社は個々の製品を打ち出す販促方針から、より顧客中心のアプローチに重心を移すようだ。
もちろん、顧客中心という理想を実現することと、それを語ることは別問題だ。IQVIA(旧クインタイルズIMS)によると、彼らの顧客のほぼ3社に1社は、セールス(販売担当)とマーケティング(戦略担当)が顧客との関係強化を図る取り組み(CRM)で協力しているという。
製薬企業のエグゼクティブが参加したeyeforpharmaバルセロナのカスタマー・エクスペリエンスに関するセッションでは、数多くあるカスタマー・ジャーニー・マップはどれも質が低いと嘆く声が上がった。
新技術に適応できなければ離脱する
直接訪問に根ざした旧来の販促と、マルチチャネル化や顧客の多様化が進む今、そのギャップが生む軋轢に製薬企業は翻弄されている。
テバのヒューマン・チャネル/カスタマー・エクスペリエンスのヘッドであるDavidek Herron氏は、デジタル画像の導入について同社のレップと話したときのことを、eyeforpharmaバロセロナのセッションで報告した。
それは、医療従事者である顧客とのコミュニケーションの質を向上させるために、新しい技術に適応していけないなら、業界から離脱するだろう、という内容だった。厳しいようだが、医師がレップをどう見ているかについて調べたManhattan Researchのデータは、これを裏付けている。
Eyeforpharmaバルセロナで我々DRGのアナリストは、テクノロジーと製薬の融合に関する話題を幾度となく耳にした。そのすべてが患者の転帰に焦点を当てていたのは、明るいニュースと言える。
顕著な例を紹介しよう。武田薬品工業の欧州/カナダ担当社長のGiles Platford氏は、イスラエルの新興企業Sivan Innovationとの協業について語った。Sivanが開発したMoovcareは、自己追跡の患者データに基づいてがんの再発を早期に検出し、医師にアラートを発するアプリケーションだ。
あるランダム化臨床試験で、Moovcareは全生存期間の中央値を58%改善したという。これを受けて武田とSivanは、ほかのがんへの応用について探索を始めている。
[SXSW2018]高まるテクノロジー大手への期待
こうしたテックとバイオテックの融合は、ブリスケットとビットコイン取引中止騒動を思い起こす地でもある米国南部のテキサスでは、いささか場違いな感じがした。
テキサス州オースティンで3月9~18日に開かれた、音楽と映画、そしてテクノロジーの一大イベントであるSXSW2018について、ライフサイエンス専門メディアStatは、バイオハッキングに手を出し、スマートドラックを使ってでもとにかく早く行動してコトを成そうと考える人々にとって、新たな治療法の承認を得るために製薬企業が辿らなければならない長々とした審査過程は我慢できないようだと伝えている。
ヘルスケア領域のマーケティング専門メディアであるMM&Mによると、SXSWでは「アマゾンやバークシャー・ハザウェイ、ウォルマート、ブラックストーンといった企業が、医療業界のエコシステムをどう変えようとしているのかについて、憶測が飛び交っていた」という。
議論は過熱し、答えは見えないが、テーマだけははっきりしている。すなわち、米国の複雑な医療制度や法規制を政府が正してくれるとは誰も期待していない、ということだ。だからこそ、テクノロジーの巨大企業が結集して解決策をひねり出そうとしていることへの期待は大きいのだ(医療業界で責任ある立場の人にとっては不安なことだが)。
テクノロジー大手 製薬企業のパートナーとしての価値を高める
医薬品専門メディアPM360の記者は、SXSWで、PHR(健康管理手帳)の見直しをめぐる多くの噂を耳にしたという。この領域にはアップルが参入を始めており、同社が13の医療システム企業と結んだ協定は、ハーバードビジネスレビューで言うところの「状況を一変させるような新たな用途に医療データを開放し、かつてないほど患者に力を与える」ことで「米国医療システムの真に破壊的な変化の前触れとなるかもしれない」ものだ。
製薬企業もまた、テクノロジー大手との協業を進めている。「旧来型の製薬企業がデジタルイノベーションの世界に踏み込んでいくなら、リスクを嫌う彼らにとって、テクノロジー大手は最適なパートナーとしての価値を日に日に高めていくだろう」とPM360は伝えている。引き合いに出したのは、SXSWでJ&Jが発表した手術ロボットでのアルファベットとの提携、ロシュによるFlatiron Health買収、そしてノバルティスとクアルコムの合弁事業だ。
グーグルが建てたアシスタント搭載の家
俗世間から隔離されたようなヘルスケア部門のことはさておき、SXSWの見どころはテクノロジー大手による趣向を凝らした派手な演出だ。今年は、Googleアシスタントを搭載した一軒家が建てられたが、これも期待を裏切らないものだった。
オースティンの市街地近郊に建てられたビクトリア調の広々とした2階建ての家全体がインターネットに接続されているのである。それ自体は、家のライトをつけたり消したりというものではあるが、新しい技術が医療にいかに大きな変化をもたらすかということを感じさせる建物だった。
これは、グーグル/アルファベットの前会長Eric Schmidt氏によるHIMSS(医療情報管理システム協会)の基本方針の骨子とも言える。彼は、バーチャルアシスタントで診療が変わる世界を描いた人物である。その構想は、患者と医師の会話を自動でテキスト化し、そこから導いたデータを系統立てクラウド上のHER(電子診療記録)に流し込む、というものだ。
彼が考えた「ドクター・リズ(医学を学んだSiriやAlexaのようなもの)」は、得られたデータから臨床判断を推定して医師の診療を支援することで、ファクスやポケベルに頼る古い医療の体質を転換させようとしている。
【AnswersNews編集長の目】研究開発やマーケティングなど、製薬企業のビジネスのあらゆる分野で加速するテクノロジーとの協業。中でも最近注目されているのが、いわゆる「バーチャル治験」です。
バーチャル治験は、モバイル機器や遠隔医療サービスを活用することで、医療機関に通院せずに自宅からでも参加できる臨床試験のこと。仏サノフィやスイス・ノバルティスが相次いでその活用に本腰を入れ始めています。
米国のNPO「Center for Information & Study on Clinical Research Participation」(CISCRP)によると、米国では治験の参加条件に該当する患者のうち、実際に治験に参加しているのはわずか2%。米国で行われている治験の80%が、被験者の募集を理由に遅れているといいます。
ノバルティスは今年後半に米国で始める皮膚科、神経科学、がんの3領域の臨床試験の一部をバーチャル化する計画。米国のNPO「Patient-Centered Outcomes Research Institute」が、心疾患患者に対するアスピリンの低用量投与群vs.高用量投与群の効果を比較する目的で行っている大規模な臨床研究もバーチャルで行われています。
バーチャル治験は、被験者や医療従事者の負担を軽減すると同時に、製薬企業にとってもコストの削減につながると期待されています。今後、急速に普及していくかもしれません。 |
この記事は、Decision Resources Groupのアナリストが執筆した英文記事を、AnswersNewsが日本語に翻訳したものです。