米国に本社を置くコンサルティング企業Decision Resources Groupのアナリストが、海外の新薬開発や医薬品市場の動向を解説する「DRG海外レポート」。今回取り上げるのは、9月に行われた欧州呼吸器学会(ERS)。COPDに対する吸入ステロイドの使用について、ホットな議論が交わされました。
(この記事は、Decision Resources Groupのアナリストが執筆した英文記事を、AnswersNewsが日本語に翻訳したものです。本記事の内容および解釈については英語の原文が優先します。正確な内容については原文を参照してください。原文はこちら)
ERS2017 GOLDガイドラインの改訂で議論
GOLD(Global Initiative for Chronic Obstructive Lung Disease)のガイドラインが改訂されたこともあり、今年の欧州呼吸器学会(ERS)では、慢性閉塞性肺疾患(COPD)に対する吸入ステロイド(ICS)治療がホットな話題となった。
COPDが主なテーマとなった今年のERS。会合を通して浮かび上がったのは、ICSの位置付け、好酸球の役割、新規治療法、そして疾患をどう定義し、いかに治療するかという、COPD治療をめぐる未解決の問題だ。
GOLDは今年、COPDの治療ガイドラインを改定したが、学会ではこのこと自体が活発な議論を呼んだ。
ガイドラインでは長年、スパイロメトリーによるFEV1(1秒量)でCOPDの重症度(I~IVの4段階)を判定することを推奨。2011年の改訂では、増悪リスクを予測するという意図のもと、症状の評価、スパイロメトリー、過去の増悪回数を組み合わせた「ABCDスコアリングシステム」が導入された。
ところが、16年の改訂ではこの評価からFEV1が削除され、関係者に大きな驚きを与えた。結局、17年の改訂では、気流制限評価のためI~IVのスケールが再び導入されるとともに、増悪リスクの評価のためABCDの枠組みは維持されることになった。
ABCDグレーティングからFEV1を削除したことで、FEV1も増悪回数も少ない多くの患者がグループD(リスクが高く症状も重い)からグループB(リスクは低いが症状は重い)に移った。将来の増悪リスクの指標として適切なのは過去の増悪であり、気流制限は必ずしもそういったイベントの予測因子とならないことは、多くの研究で確立されている。
ERS2017では、GOLDの異なる2つの分類システムと、保健医療のデータセットを使ってレトロアクティブに比較したいくつもの分析がポスター発表された。それらの多くは、ガイドラインの変更によりグループBに分類される患者が増えたと指摘。また、FEV1からリスク評価を切り離したことについても検証され、17年のガイドラインでグループDに分類された患者は増悪リスクがより高く、そのレベルも均一だったことも明らかにされた。
こうしたガイドラインの有用性に関するレトロアクティブな証明をよそに、多くの呼吸器科医は二転三転する治療ターゲットに対するフラストレーションを、COPDの個別化医療をめぐる議論に振り向けた。
一部の研究者は、肺気腫や慢性気管支炎の診断の有用性を主張。このパラダイムの強化に意気込む独ベーリンガーインゲルハイムは、盛況となったイブニングシンポジウムを個別化医療の前向きな検討の場とした。このセッションの演者は、COPDを肺気腫など複数の要因で評価すべきと力説したが、長時間作用型β2刺激薬(LABA)や長時間作用型抗コリン薬(LAMA)の代替薬が不足していることもあり、個別化医療に向けて呼吸器科医が使用できる選択肢は限られたままだ。
もう1つ、スイス・ノバルティスが主催したイブニングシンポジウムでは、注目の研究者数人が重症度分類の変更点や注意点を説明し、これを推奨。グレードBとグレードC、それに多くのグレードDの患者にもよく使われるLABA/LAMAの併用療法は、多くの臨床試験で高い安全性と有効性が示されており、パネリスト全員が重要なポイントに挙げた。
ICSはCOPD治療に必要かどうか
興味深いことに、このセッションの質疑では、ICSの役割についていくつかの質問が投げかけられた。ノバルティスは、呼吸器関連のポートフォリオにCOPD向けのLABA/ICSの固定用量配合剤も3剤配合剤もないため、多くの症例の治療アルゴリズムからICSが排除されることを歓迎している。
これに対してほかの製薬企業は、ICSはグレードB、グレードCの患者に推奨される治療だとして、その排除に強く抵抗した。
とりわけCheisi社は、自社の3剤配合剤「Trimbow」に関する大規模臨床試験「TRILOGY」「TRINITY」を新たなガイダンスに沿ってレトロアクティブに再評価。GOLDガイドラインの改訂で患者数が少なくなったグレードDでは一部でp値が下がったものの、ホルモテロール/グリコピロニウム/ベクロメタゾンの3剤配合剤は、LAMA単剤療法やLABA/ICS併用療法に比べ、増悪回数を統計学的に有意に減少させた。
Cheisi社もイブニングシンポジウムを開催し、ここではパネリストがCOPD治療を考える上では末梢気道が重要だと説明。「Trimbow」などCheisi社の吸入剤の特徴である極微粒子製剤による良好な肺沈着を強調して取り上げた。加えて、Cheisi社のICSはLABA/ICS配合剤と比較して肺炎の発生率を高めなかったとするデータも示された。
Cheisi社のデータや、3剤併用療法はLABA/ICS配合剤よりも安全で有効であることを示した英グラクソ・スミスクライン(GSK)のプレゼンテーションを踏まえ、ERS2017に出席した著名な呼吸器科医の多くは、一部のCOPD患者、特にデュアルブロンコダイレーター(異なる作用機序を持つ気管支拡張薬の併用)で効果不十分な患者では、ICSの使用を推奨する態度を維持した。
しかし多くの関係者は、3剤併用療法とLABA/LAMA配合剤を直接比較する初の臨床試験としてGSKが行っている「IMPACT試験」の結果を待っている。その結果から、気管支拡張薬に上乗せして使われるICSの有用性について、多くの重大な疑問への回答が得られるかもしれないからだ。結果は17年末には出る見通しだという。
好酸球はバイオマーカーになり得る?
多くの呼吸器科医は、好酸球数がICS治療に効果がある患者を予測する指標になり得るかということに関心を寄せている。今年のERSでは、好酸球数に関するいくつかの小規模なプロスペクティブ試験の結果が一部発表されたが、多くの専門家はさらに大規模な試験が必要だという点で一致している。
しかしながら、ある興味深い研究発表では、大半のCOPD患者の好酸球数は、多くの臨床試験で用いられる300cells/uLにまたがる範囲にあることが報告され、好酸球関連の増悪リスクの評価には複数のタイムポイントが必要だと指摘された。
また、別の研究者は、喀痰好酸球と血中好酸球は必ずしも関連しないと指摘。ただ、喀痰吸引は困難なことが多く、十分な細胞が取れないこともあるため、臨床現場では非現実的である点も強調していた。
こうしたことは、COPD患者、特にデータポイントが1回しかない患者に対するバイオマーカーとしての好酸球数の有用性に疑義を生じさせている。
しかし、好酸球がCOPDのバイオマーカーとなることが最終的に確認されれば、喘息患者の好酸球数と増悪を減少させることが明らかになっている抗IL-5抗体メポリズマブ(製品名・ヌーカラ、GSK)のCOPDに対する有用性を補強することにもなり得る。
今年のERSでは、メポリズマブのCOPDを対象とした臨床試験結果が発表され、好酸球数が登録時に150cells/uL以上、または前年に300cells/uL以上の患者の増悪回数が、メポリズマブを投与することで18~20%減少したことが示された。COPDへの適応拡大の承認はほぼ確実と言えそうだ。
ところが、ERSのレセプションはいくぶん冷めた雰囲気だった。この生物学的製剤はかなり高額なものとなることが予想される。好酸球の役割が依然として明らかになっていない状況では、ごくごく少数の患者を除き、医師がこの高額な薬の使用を正当化するのは難しいだろう。
(原文公開日:2017年9月21日)
【AnswersNews編集長の目】20年以上の喫煙歴を経て発症するとされるCOPD。患者数は増加しており、厚生労働省の統計によると2016年はCOPDで1万5000人以上が死亡しました。診断率の向上とともに、今後もCOPDの患者数・死亡者数は増えていくとみられています。
ERSでも話題となったGOLDガイドラインの改訂では、薬剤選択の方針が変更。治療の中心に長時間作用型の気管支拡張薬(LAMAやLABA)を据え、ICSの位置付けは後退しました。ガイドラインに従えば、ICSを使うケースは▽喘息を合併している▽症状が重く増悪リスクも高い「Dグループ」の患者でLAMA/LABA配合剤で不十分な場合――などにとどまりそうです。
LAMA/LABA/ICSの3剤配合剤は現在、国内ではGSKと英アストラゼネカが開発中。いずれも臨床第3相試験を実施中です。記事にも出てきた、LAMA/LABA/ICSとLAMA/LABAを直接比較する「IMPACT試験」は、ICSの役割をめぐってせめぎ合う議論に何かしらの答えを与えることができるのでしょうか。結果が注目されます。 |
この記事は、Decision Resources Groupのアナリストが執筆した英文記事を、AnswersNewsが日本語に翻訳したものです。Decision Resources Groupでは、ERS2017の内容も盛り込んだ、主要7カ国の向こう10年のCOPD市場予測レポート(Disease Landscape & Forecast : COPD)を発行しています。レポートに関する問い合わせはこちら。