第4回 統計はデータを集める前から始まっている! 限られたデータから普遍的な結論を得る
[ 2014年02月19日(水) ]
医学統計は治験や医学論文に欠かせない重要なもので、さらに、添付文書や医学論文を読み解くために必要な医学統計の知識には、決して数式は必要ないことをこれまで説明してきました。 医学統計に対する先入観もとれてきたでしょうから、ここからは医学統計について、本格的にお話をしていきたいと思います。
ところでさくらさん、治験や医学論文において、どのように統計が使われていると思いますか?
『集めてきたデータを統計学に基づいて分析するんですよね。』
間違いではないですが、それだけではありません。 さくらさんがいったような集めてきたデータを利用するものは記述統計と呼ばれますが、それに対して…
『あ、そうだ、記述統計以外にも何かあったような気がします。ええと、推論統計でしたっけ?』
そう、推論統計です!記述統計に対して、推論統計というものがあるんです。そして、この推論統計という考え方は、治験から得られたデータを正確で信頼できるものにするために、非常に重要なものなんです。
『どういうことでしょう?推論統計という単語は思い出せたんですけど、どんなものだったか詳しくは覚えてなくて…』
ご心配なく。大事なことですので、しっかり説明します。
この連載の最初に「EBM」という言葉について少し触れました。 さて、このEBM(Evidence-based medicine)=根拠に基づいた医療という考え方が浸透した現在、しっかりとした医学統計の考え方に基づいて行われた研究成果でなければ、説得力のある科学的根拠とはみなされません。 前回挙げた健康情報番組の例で見たような情報は「根拠に基づいた」とはとても言えそうにありませんね。
では、しっかりとした医学統計の考え方に基づいた情報とは、一体どういうものを指すのでしょうか? さくらさんに、ちょっと質問をしてみましょう。
たとえば、ある製薬会社が画期的と思われる新薬を開発したとしましょう。その有効性と安全性を確実に確認するためには、どうするのが理想的でしょうか? あくまで、理想の話ですよ。
次の3つの選択肢から、正しいと思うものを選んでみてください。
①全人類を対象に調査する ②希望者を募って調査する ③社内だけで調査する
『ええと、治験の話ですよね。本当に確実に確認するということであれば、「全人類を対象に調査する」を選ぶことになると思います。』
そうですね。 では、実際に調査することは可能でしょうか。
『もちろん、現実的には無理ですよね?コストや時間がかかりすぎますし…。』
そのとおりです。 理想をいえば、特に世界中の人間に貢献することになる医薬品や治療法については、全人類を調査することが望ましいことはいうまでもありません。 しかし、さくらさんのおっしゃるとおり、コスト的にも期間的にも全人類を調査することが不可能なことは常識でわかります。 そこで、しっかりとした医学統計の考え方に基づき、対象者をできるだけ少なくし、かつ普遍的な結果を出す必要が出てくるのです。
『あの、「しっかりとした医学統計の考え方」って何度か言われてますが、具体的にはどんなものですか?』
はい、そこで登場するのが、推論統計の考え方なんです。 限られたデータからいかに普遍的な結論を引き出すか。 この考え方を、推論統計といいます。
たとえば、治験では、限られた患者数・症例数から、いかに患者全体の姿を見いだすかがポイントになっているように、治験実施計画書や医学論文は、この推論統計の考え方によって支えられているのです。 統計とは、集めたデータを分析するだけではないのです。
『推論統計というのは、要するに、少ない集団でいかに全体を正しく推論するかっていう考え方ですよね。データを集める前も肝心ということですね。』
いまのところ、その理解で十分です。 推論統計では、むしろ、データを集める前の準備の方が肝心といって良いと思います。 CRAの皆さんの仕事は、この前の準備をいかにしっかり行うかという、最も大事な役割だと思います。
次回は、この推論統計という考え方が、治験や医学論文になぜ必要なのか、その役割について、もう少し話を続けることにしましょう。
出典:世界一わかりやすい。医学統計シンプルスタイル プラス
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