細胞治療薬の開発に、国内の大手製薬企業が続々と参入しています。
第一三共は心不全と悪性リンパ腫に対する細胞治療薬を、欧米のバイオベンチャー2社から導入。田辺三菱製薬は、韓国企業から変形性膝関節症に対する細胞医薬の日本での独占的開発・販売権を獲得しました。
国内では現在、バイオベンチャー2社がそれぞれ脳の疾患に対する細胞治療薬の臨床試験を実施中。大手の参入により、細胞治療薬の開発は一層、活発化しそうです。
第一三共・田辺三菱・大日本住友…相次ぐ大手の参入
細胞治療薬の開発をめぐる国内製薬企業の最近の主な動きをまとめました。
第一三共が取り組み強化 提携・導入積極的に
第一三共は2017年の年明け早々、米国のバイオベンチャー・カイトファーマと、がん領域の細胞治療薬のパイプラインについて包括提携を結んだと発表しました。提携で第一三共は、カイトが悪性リンパ腫を対象に開発する細胞治療薬「KTE-C19」の日本での開発・製造・販売の独占的権利を獲得。そのほかのカイトの開発品についても、導入のオプション権を取得しました。
第一三共が導入した「KTE-C19」は、患者自身のT細胞(免疫細胞)を、CD19とよばれる悪性リンパ腫細胞の表面に発現する抗原を標的として認識するよう遺伝子改変した細胞治療薬(キメラ抗体受容体T細胞=CAR-T)。がん細胞を攻撃しやすい状態にしたT細胞を静脈内投与することで、再発性または難治性の悪性リンパ腫への効果が期待されるといいます。
第一三共は16年4月、社内に「細胞治療ラボラトリー」を新設し、この分野への取り組みの強化に乗り出しました。同年5月には、英セルセラピーから虚血性心不全に対する細胞治療薬「Heartcel」を導入。20年度までの中期経営計画では「積極的なアライアンスと製品導入による細胞治療ビジネスへの早期参入」をうたっています。
田辺三菱も導入で参入 臨床試験進める大日本住友
田辺三菱製薬は16年11月、韓国のコロン・ライフサイエンスから、変形性膝関節症の症状改善を目的とした細胞治療薬「Invossa」を導入。「Invossa」はヒトの他家軟骨細胞を用いた細胞治療薬で、関節に注射することで変形性膝関節症の疼痛を緩和します。
この領域に早くから投資してきた大日本住友製薬は、日本のバイオベンチャー・サンバイオと共同開発する脳梗塞の細胞治療薬「SB623」のP2試験が米国で進行中。武田薬品工業は16年1月、米国のバイオベンチャーNsGeneとパーキンソン病に対する細胞治療薬の共同研究契約を締結。細胞をカプセルに充填し、患者の体内に埋め込む新たなデバイスを使った細胞治療薬の研究を始めました。
迅速承認が開発後押し ベンチャーも臨床試験
細胞治療薬とは、培養や遺伝子導入などの加工を施した細胞を投与することで、疾病の治療を行うもの。法律上は「再生医療等製品」の1つに位置付けられます。
細胞医薬は、患者自身から取り出した細胞を使う「自家細胞治療薬」と、第三者から提供された細胞を使う「他家細胞治療薬」の2種類に分類されます。自家由来の細胞治療薬は、拒絶反応がないなど安全面のリスクが相対的に小さい一方、“オーダーメイド”のためコスト面で課題があります。逆に、他家由来の細胞治療薬は拒絶反応のリスクはあるものの、大量生産が可能で、必要な患者に広く、そして比較的安く投与できるメリットがあります。
国内では2014年11月、再生医療等製品の迅速な承認と安全性の確保を目的とする「医薬品医療機器等法(旧薬事法)」と「再生医療等安全性確保法」が施行されました。
特に医薬品医療機器等法では、少数の患者を対象とした臨床試験でも、安全性に問題がないことが確認され、有効性が推定できれば、期限付き・条件付きで早期承認を可能とする制度を創設。細胞治療薬開発の追い風となっています。
15年には早くも、この制度下で初めてとなる再生医療等製品2製品が承認され、保険適用されました。このうち1つが、JCRファーマの「テムセル」。日本初の他家由来の再生医療等製品で、造血官細胞移植の重篤な合併症である急性移植片対宿主病の治療薬として16年2月に発売されました。薬価は1バッグ(ヒト間葉系幹細胞として72×10の6乗個)あたり86万8680円(通常、体重1kgあたり1回2×10の6乗個を週2回、4週間投与)。ピーク時には35億円の売り上げを見込んでいます。
ベンチャー企業による臨床試験も進んでいます。
サンバイオは16年9月から、外傷性能損傷を対象とする他家由来の細胞治療薬「SB623」について、日本でP2試験を開始。ヘリオスは、米アサーシスから導入した急性脳梗塞に対する細胞治療薬「HLCM051」のP2/3試験を国内で進めています。
再生医療 国内は30年に1兆円市場
経済産業省が2013年に出した報告書によると、細胞治療薬を含む再生医療の国内市場(製品・加工品のみ。周辺産業含まず)は12年の90億円から30年に1兆円、50年に2.5兆円に拡大する見通し。世界市場(同)は、12年の1000億円から30年には12兆円、50年には38兆円まで伸びると予測されています。
再生医療の研究開発は、2012年に京都大iPS細胞研究所長の山中伸弥教授がノーベル賞を受賞してから一気に活発化。国内製薬企業も投資を加速させています。
武田薬品工業は、京大iPS細胞研究所と大規模な共同研究を開始。大日本住友製薬は、ヘリオスとiPS細胞由来の網膜色素上皮細胞を使った細胞治療薬を事業化するための合弁会社を設立しました。2020年の承認取得を目指し、加齢黄斑変性に対する細胞治療薬の開発を進めています。
アステラス製薬も15年、眼科領域でES細胞を使った再生医療の研究開発を手がける米国のバイオベンチャー・オカタセラピューティクスを買収。富士フイルムも、武田薬品から試薬大手の和光純薬工業を買収するなど、相次ぐ買収や出資でこの分野に攻勢をかけています。
一大市場となる可能性を秘めているだけに、ベンチャー企業や製薬大手、異業種企業まで巻き込んだ研究開発競争は、今後も一層、激しさを増しそうです。