遺伝子治療に細胞治療、核酸医薬…。新たなモダリティ(治療手段)の台頭が、製薬企業の合従連衡を促しています。国内企業では、アステラス製薬が遺伝子治療薬を手掛ける米オーデンテスを買収すると発表。三菱ケミカルホールディングスは田辺三菱製薬を完全子会社化し、細胞治療の開発を加速させます。
INDEX
遺伝子治療 第5の柱に
「これまでも単品ベースのライセンスや買収も行いながら遺伝子治療薬の研究開発をやってきたが、アステラスにとって最も難しかったのが製造法の確立。オーデンテスは大規模な製造能力を持っており、買収によって克服し難かったチャレンジとのギャップを埋めることができる」
12月3日、遺伝子治療薬を開発する米オーデンテス・セラピューティクスの買収を発表したアステラス製薬。岡村直樹副社長(経営戦略・財務担当)はこの日の記者会見で買収の狙いについてこう述べました。買収額は約30億ドル(約3270億円)。アステラスにとっては、2010年に約40億ドルを投じた米OSIファーマシューティカルズ買収以来の大型案件となります。
製造能力を高く評価
オーデンテスは2012年設立のバイオテクノロジー企業。希少な神経筋疾患を対象に、アデノ随伴ウイルス(AAV)を使った遺伝子治療薬を開発しています。最も開発が進む「AT132」はX染色体連鎖性ミオチュブラー・ミオパチーを対象に臨床第1/2相(P1/2)試験が進行中で、早ければ米国で来年半ば、欧州でも来年後半にも申請する予定。AAV技術を活用した創薬プラットフォームに加え、商用生産に対応できる大規模な製造能力を獲得することで、遺伝子治療の事業を加速させます。
アステラスは「バイオロジー×モダリティ×疾患」の組み合わせによって研究開発分野を絞り込む「フォーカスエリアアプローチ」をとっており、このアプローチを通じてこれまでにがん免疫など4つを優先的に経営資源を投入する分野(プライマリーフォーカス)に選定。岡村副社長は今回の買収を「遺伝子治療を第5の柱にしたい」とし、「入り口は希少疾患だがそこがゴールではない。遺伝子治療薬の技術をより患者数の多い一般的な疾患にも広げていく」と意気込みます。
自力では難しい
遺伝子治療薬をめぐっては昨年、スイス・ノバルティスが米アベクシスを87億ドルで買収。今年2月にはスイス・ロシュも米スパーク・セラピューティクスを43億ドルで買収すると発表しました。3月には米ファイザーも仏ビベット・セラピューティクスの株式の15%を4500万ユーロで取得し、最大5億6000万ユーロで残りの全株式を取得する権利も獲得するなど、大手製薬企業による買収が相次いでいます。
アステラスもこれまで眼科領域を中心に遺伝子治療薬の研究開発を行っていましたが、製造法の確立など事業化には高いハードルがありました。「取締役会で検討した結果、遺伝子治療薬は時間的にも能力的にもアステラスが自力でやるのは難しいと判断した」。岡村副社長は買収に至った経緯についてこう話します。
大型買収が相次ぐ製薬業界で最近目立つのが、遺伝子治療薬や核酸医薬、細胞治療といった新たな創薬基盤の獲得を狙った案件です。台頭する新規モダリティが製薬企業をM&Aに駆り立てています。
遺伝子治療薬以外の分野では、米ブリストル・マイヤーズスクイブは今年11月に完了した米セルジーン買収で、次世代のがん治療として期待されるCAR-T細胞療法を獲得。スイス・ノバルティスは同月、核酸医薬を手掛ける米メディシンズ・カンパニーを約97億円で買収すると発表しました。
日本国内でも同月、三菱ケミカルホールディングス(HD)が56.4%を出資する田辺三菱製薬を約4918億円で完全子会社すると発表。ヘルスケア事業のリソースを集中させることで、傘下の生命科学インスティテュートが手掛けるMuse細胞を使った再生医療の開発を加速させます。
様変わりした武田のR&D
長年にわたって新薬不足が大きな課題となっていた武田薬品工業も、幾多の買収や提携によって大きく変貌を遂げました。11月21日、東京都内で投資家向けに開いたR&D説明会では、2024年度までに14の効能に対して12の新薬の承認を見込んでいることを紹介。そのほとんどは希少疾患を対象としたものですが、各品目のピーク時の売上高は「保守的に見積もっても100億ドルを超える」(リサーチ&ディベロップメントプレジデントのアンドリュー・S・プランプ取締役)と言います。
創薬基盤も多様化しました。プランプ取締役は「5年前の武田は90%が低分子だったが、今は研究の70%が低分子以外のモダリティになった。これは進化ではなく革命だ」と強調。低分子以外に武田が手掛けているモダリティとしては、遺伝子治療薬や細胞治療、核酸医薬、マイクロバイオームなどがあり、遺伝子治療薬では今年1月のアイルランド・シャイアー買収でAAVの基盤技術と製造設備を手に入れました。
遺伝子治療薬では現在、血友病A治療薬「TAK-754」のP1/2試験を行っており、血友病B治療薬「TAK-748」やハンチントン病治療薬「TAK-686」などが非臨床開発の段階にあります。細胞治療では国内外のバイオベンチャーやアカデミアとの提携を通じてCAR-T細胞療法やCAR-NK細胞療法を開発中で、核酸医薬ではシンガポール企業と共同でハンチントン病向けアンチセンスオリゴヌクレオチド「WVE120101」「WVE120102」のP1/2試験を行っています。
米ブルームバーグ通信は12月4日配信の記事で「(開発段階が)後期にある遺伝子治療薬企業に需要があり、大手製薬企業はこうした企業に高いプレミアムを支払うことに前向きだ」とのアナリストの分析を紹介。次なる買収の標的として、複数のアナリストが▽ユニキュア(オランダ)▽ソリッド・バイオサイエンシズ(米)▽サレプタ・セラピューティクス(米)▽バイオマリン・ファーマシューティカル(米)――などを挙げていると伝えました。遺伝子治療薬の獲得を狙ったM&Aは今後も続きそうです。
(前田雄樹)