国内の製薬大手が力を入れるがん領域。事業はどこまで拡大したのか、各社の最近の動向をまとめました。
小野 がん領域が売上高の6割に
米IQVIAの調査によると、2018年の世界の抗がん剤市場は前年比16.2%増の1214億ドル(約12兆9910億円)。国内は1兆2002億円で、前年から9.6%拡大しました。同社は、がん治療薬に対する世界の支出が19~23年の5年間で、年平均6~9%増加すると予測しています。
直近の決算から国内大手のがん事業を眺めてみると、武田薬品工業は19年3月期のがん領域の売上高がグローバルで3974億円(前期比5.9%増)に達しました。主力の多発性骨髄腫治療薬「ベルケイド」が特許切れの影響で減少した一方、同「ニンラーロ」(622億円、33.9%増)やリンパ腫治療薬「アドセトリス」(429億円、11.4%増)、白血病治療薬「アイクルシグ」(287億円、24.1%増)などが好調。売上高全体に対するがん領域の比率は2割に近付いています。
アステラス製薬は、前立腺がん治療薬「イクスタンジ」が伸び、19年3月期のがん領域のグローバル売上高が前期比8.0%増の3720億円。イクスタンジの売上高は3331億円(13.2%増)に達し、18年に日本と米国で発売した白血病治療薬「ゾスパタ」は25億円を売り上げました。イクスタンジ発売前の12年3月期は475億円だった同社のがん領域は、この7年で8倍に拡大しています。
エーザイ「レンビマ」が好調
エーザイは、自社創製のマルチキナーゼ阻害薬「レンビマ」が好調です。制吐薬「アロキシ」の特許切れでがん領域全体としては19年3月期は減収となったものの、レンビマは前期比94.1%増となる626億円を販売。18年11月には肝細胞がん患者が多い中国で発売しており、20年3月期には1000億円突破を見込んでいます。
がん領域で存在感を急速に高めているのが、小野薬品工業です。免疫チェックポイント阻害薬「オプジーボ」は19年3月期に906億円(0.5%増)を販売。16年に発売した多発性骨髄腫治療薬「カイプロリス」や制吐薬「イメンド/プロイメンド」を合わせると、がん関連製品の売上高は1061億円に上りました。加えて小野は、米ブリストル・マイヤーズスクイブと米メルクからオプジーボ関連のロイヤリティ計713億円を受領。これを含めると、売上高全体の約6割にあたる1774億円をがん領域で稼いでいることになります。
第一三共 ADCに集中投資…武田は細胞療法に注力
今後も成長が期待される領域なだけに、各社の投資も活発です。
がん事業の本格立ち上げを目指す第一三共は、大型化が期待される抗体薬物複合体(ADC)トラスツズマブ デルクステカン(開発コード・DS-8201)に懸けます。同薬は抗HER2抗体トラスツズマブに、ペイロードとして新規のDNAトポイソメラーゼI阻害薬を結合させた自社創製品。現在、乳がんや胃がん、大腸がん、非小細胞肺がんなどで開発を進めており、19年度中にHER2陽性転移性乳がんの3次治療を対象に日米欧で申請を行う予定です。
第一三共はDS-8201以外にも複数のADCをパイプラインに揃えており、開発を加速させる方針。このほか、腫瘍溶解性ウイルス「G47Δ」(DS-1647)が近く日本で申請される見通しで、19年4月にはEZH1/EZH2阻害薬バレメトスタット(DS-3201)も日本で先駆け審査指定制度の対象に指定されています。
がん免疫療法に焦点
アステラスも米シアトルジェネティクスと共同で、ネクチン-4を標的とするADCエンホルツマブ ベドチンの開発を進めており、19年7月に局所進行・転移性の尿路上皮がんを対象に米国で申請しました。16年の独ガニメド買収で獲得した抗Claudin18.2抗体ゾルベツキシマブは、胃がんを対象にP3試験を実施中。18年には米ポテンザを買収し、免疫チェックポイント阻害薬である抗TIGIT抗体など複数のがん免疫関連のプログラムを手に入れました。
武田は細胞療法の開発に力を入れており、現在12のCAR-T細胞療法の開発プログラムが進行中です。19年1月、山口大発のバイオベンチャーであるノイルイミューン・バイオテックから、固形がんへの効果が期待される2つのCAR-T細胞療法を導入。このうちの1つについては、年内に臨床第1相試験を開始する予定です。さらに19年7月には、京都大iPS細胞研究所と共同開発したiPS細胞由来CAR-T細胞療法を引き継ぎ、21年に臨床試験を始めると発表しました。
CAR-T細胞療法には、小野薬品も積極的に投資を行っています。ベルギーのセリアドから他家CAR-T細胞療法を導入したほか、米フェイトとはiPS細胞由来CAR-T細胞療法の創出に向けて提携。CAR-T以外でも製品や開発品の拡充を進めており、米アレイから導入したMEK阻害薬「メクトビ」(ビニメチニブ)とBRAF阻害薬「ビラフトビ」は、悪性黒色腫に対する併用療法の適応で19年2月に日本で発売されました。
大型提携やM&A相次ぐ
がん領域をめぐっては、製品や開発品の獲得競争が世界レベルで激しくなっており、大型の提携やM&Aが相次いでいます。
日本企業では18年3月、エーザイが米メルクと最大57.6億ドルの戦略的提携を結びました。エーザイ創製のレンビマの単剤療法と、メルクの免疫チェックポイント阻害薬「キイトルーダ」との併用療法について、両社で共同開発・共同販促しています。今年3月には第一三共が、英アストラゼネカとDS-8201の開発・販売提携を締結。第一三共は提携の対価として最大69億ドルを受け取ります。
今年1月には、がん免疫療法の分野を強化することなどを目的に、米ブリストル・マイヤーズスクイブが米セルジーンを740億ドルで買収すると発表しました。米イーライリリーは今年2月に、ドライバー遺伝子に着目した臓器横断型のがん治療薬を開発している米ロキソオンコロジーを80億ドルで買収。米ファイザーも6月、小野とも提携する米アレイを114億ドルで買収すると発表しました。アレイのメクトビ/ビラフトビは大腸がんに対する画期的な治療薬となる可能性があり、ファイザーは買収によってがん領域の強化を図ります。
海外大手とは依然大きな差
海外大手では、スイス・ロシュが3兆円近くをがん領域で売り上げており、スイス・ノバルティスや米ブリストル・マイヤーズスクイブ、米ジョンソン&ジョンソンも1兆円以上をがん領域で稼ぎ出しています。日本企業もがん事業を拡大させていますが、まだまだ欧米大手には及びません。
一方、オプジーボは18年のグローバル売上高が8334億円(小野とブリストルの合算)に達しており、中外製薬が創製し、ロシュグループが世界展開するALK阻害薬「アレセンサ」も18年に世界で720億円を販売。レンビマは19年3月期に世界で1000億円を超える予想で、第一三共のトラスツズマブ デルクステカンはピーク時のグローバル売上高が数十億ドルに上るとも言われます。
競争は激しさを増しますが、投資の成果は着実に花開きつつあると言えそうです。
(前田雄樹)