細胞治療に遺伝子治療、核酸医薬品…。新たなモダリティは、製薬会社・製薬業界のビジネスにどんな影響を与えるのでしょうか。ヘルスケア分野で活躍するコンサルタントの増井慶太さん(アーサー・ディ・リトル・ジャパン プリンシパル)に語っていただきます。
連載2回目となる今回は、「Beyond the Pill」の掛け声のもと、医療機器メーカー化していく製薬会社の将来を見通します。
■連載「モダリティ新時代」
【1】MR 高度化の要請―変わる製薬会社のセールス&マーケティング
【2】“機械屋”化する“薬屋”…製薬会社が医療機器メーカーから学ぶべきこと
【3】製薬再編 カギは医薬品卸に―進む“イノベーション”と“オペレーション”の棲み分け
医療機器的アプローチをとる製薬会社
モダリティの変化は、なにも医薬品だけに限ったことではありません。
製薬業界では最近、「Beyond the Pill」「Around Drugs」というキーワードが盛んに叫ばれています。製薬各社は、医薬品の枠を越えて疾患や患者にアプローチしようとしています。
最近、おもしろいと思うのが、製薬会社の方と話をすると「モダリティをもっと広い意味でとらえられないか」ということを言うんです。特に、研究や開発の最前線にいる方と議論すると、そういう話になりやすい。医薬品と医療機器を組み合わせたコンビネーションデバイスや、化合物そのものよりもDDSや投与デバイスに付加価値の重きを置いた複雑系(Complex)GE、今やバズワードとなったデジタルヘルスなど。疾患に対して、医薬品ではなく医療機器的なアプローチをとろうとする製薬会社が増えてきている印象です。
バイオエレクトロニック
例えば、英グラクソ・スミスクラインは2016年に、グーグルの関連会社と「バイオエレクトロニック治療」を開発する合弁会社を設立しました。出資額は7年間で両社合わせて5億4000万ポンド(約770億円)。体内の神経伝達に介入することで疾患を治療する埋め込み式小型医療機器の開発を目指しています。
デジタルメディスン
また、大塚製薬は2017年に、抗精神病薬「エビリファイ」の錠剤に小さなチップを埋め込み、お腹に貼ったパッチと専用アプリで服薬を記録する「エビリファイ マイサイト」の承認を米国で取得。世界初の「デジタルメディスン」として話題になりました。大塚は今年1月にも、治療用アプリを開発する米クリックセラピューティクスとの提携を発表。大うつ病性障害患者を対象に、医師が処方するアプリの開発・商業化に乗り出しました。
治療用アプリ
製薬企業主体で、SaMD(Software as a Medical Device)という領域に対する投資も進んでいます。米ファイザーはADHD(注意欠陥・多動症)などを対象に治療用のゲームを開発する米アキリ・インタラクティブ・ラボと提携しています。アキリのADHD治療用ゲームは、今年米国で承認される見通しです。
スイス・ノバルティスとその子会社サンドも、治療用アプリを手がける米ピア・セラピューティクスと提携。ピア社の依存症患者向け治療用アプリreSETは2018年末に米国で承認されており、同社は統合失調症や多発性硬化症などでも開発を進めています。
治療現場への入り込みが求められる
このように、製薬会社が新たなモダリティとして“医療機器的なモノ”を手掛けるようになってくると、当然、製薬会社のセールス&マーケティングも医療機器メーカーのそれに近づいていかざるを得ません。
皆さんも医療機器メーカーの方が「立会い」と言うのを耳にしたことがあるでしょう。「立会い」とは文字通り、製品の正しい使用をサポートしたりトラブルに対応したりするために、医療機器メーカーの営業の方々が検査や手術の現場に立ち会うことです。
今後、製薬会社から新たなデバイスそのもの、あるいはデバイス的な製品が出てくると、製薬会社のMRにも、立ち会いのようにより積極的に治療現場に入っていくことが求められる。そんな世界になっていくのではないかと思っています。これはデバイスに限らず、例えば再生医療においても、モノによってはオペ室やカテ室などの臨床現場まで踏み込んだサポートを求められることがあるかもしれません。
治療用アプリ(SaMD)の例では、患者さんと医師や医療機関を繋ぐ架け橋となることも求められるでしょう。医師のみならず、患者さん、さらには医療施設の担当者や経営部門・IT部門に対して、アプリのメリット、導入、使い方の説明を丁寧に行っているような姿を想像します。「デジタル」という「ドライ」な技術の進展や普及と表裏一体で、患者さんや病診薬の連携における「ウェット」な部分で架け橋になることが求められます。
「この患者の場合は」
医療機器業界は、「先生、この症例はどうしましょうか」とか「この症例はこのタイミングでこれを使った方がいいんじゃないでしょうか」といった具合に、「この患者の場合は」ということを昔からやってきた業界です。
中外製薬は今年1月に発表した新たな中期経営計画で、「革新的新薬+サービス」ということをうたい、患者中心のコンサルティング活動を高度化させることを戦略の1つに掲げました。治療現場に入り込み、個別の症例をベースに医師に対してコンサルティングしていく。医療機器メーカーがやってきた営業やマーケティングのスタイルに、製薬会社も徐々に近づいていくかもしれません。
流通の整備が重要テーマに
もう1つ、大きく変わっていくだろうと思われるのが流通です。特に細胞治療や再生医療では、ロジスティクスの整備が製薬会社にとっても非常に大きなテーマになります。
例えば、今年承認が見込まれるノバルティスファーマのCAR-T細胞療法「キムリア」は、医療施設で患者さんから採取した細胞を、メーカーやメーカーが提携するラボに送り、そこでバイオエンジニアリングを行い、再び医療施設に持ってきて患者に投与するという流れになります。
そこで難しいのが、保管も含め運んでいる間ずっと温度管理をし、しかもモノによっては非常に限られた時間で運ばなければならないということ。従来の低分子医薬品では物流というのはそれほど問題にならなかったわけですが、CAR-Tや再生医療のように細胞を使うものになると、厳格な温度や細胞の管理が求められます。バイオロジクスの最先端をいく製品が新たなモダリティとして出てくると、物流の重要性が極めて大きくなるのです。
キムリアは日本においても数千万円単位の高額な治療法になる可能性がありますが、製薬会社が積極的にイニシアチブをとってロジスティクスを整備していかないと、そもそもモノが売れないという世界になってきます。製薬会社には、モノをつくるだけでなく、流通や物流まで周到にケアしていくことが求められるでしょう。
医療機器営業→MRというケースが増える
実はこれも、医療機器業界ではずっと昔からやられてきたことです。脳梗塞とか心筋梗塞のような一刻を争うような領域で、医療機器メーカーはそうしたことをうまくやってきた。というか、やらざるを得ない商売なのです。製薬会社が、そういったところで見習うべきことも、今後、増えてくるのではないかと思います。
もう少し積極的な言い方をすると、モダリティの変化に伴って、製薬会社と医療機器メーカーの間の人材の往来が増えるかもしれません。製薬会社の営業部門の縮小を背景に、MRから医療機器営業に転職する人は今や珍しくありません。今後は、医療機器業界での経験を求める製薬会社が増え、医療機器営業からMRに、というケースも多くなるのではないでしょうか。
増井 慶太(ますい・けいた)アーサー・ディ・リトル・ジャパン株式会社プリンシパル。経営戦略コンサルティングファームで、ヘルスケア/ライフサイエンス/医療産業に対するコンサルティングに従事。事業ポートフォリオ/新規事業開発/研究開発/製造/M&A/営業/マーケティングなど、バリューチェーンを通貫して戦略立案から実行支援まで支援。Twitter:@keita_masui |
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