米国に本社を置くコンサルティング企業Decision Resources Groupのアナリストが、海外の新薬開発や医薬品市場の動向を解説する「DRG海外レポート」。今回取り上げるのは、アルツハイマー病の新薬開発。米メルクのベルベセスタットが失敗した今、アミロイドβ以外のアプローチに投資すべきだと説きます。
(この記事は、Decision Resources Groupのアナリストが執筆した英文記事を、AnswersNewsが日本語に翻訳したものです。本記事の内容および解釈については英語の原文が優先します。正確な内容については原文を参照してください。原文はこちら)
いつも通りの敗北
アルツハイマー病(AD)に対する新薬開発が、また一つ頓挫した。そろそろ、アミロイドβ仮説にあまりに長く頼ってきたことを認めるべき時が来たのではないだろうか。
私も、2~3カ月ごとに同じような記事を書いているような気がする。米Axovant Sciencesがintepirdineの臨床第3相(P3)試験に失敗したことを受けて「Another One Bites the Dust in Alzheimer’s Disease」と題した記事を書いたのは、去年9月のことだった。今回のタイトルも「いつも通りの敗北」とするのが正しいのかもしれない。
というのも、年が明け、薬も全く別だというのに、肝心の筋書きは何も変わらないまま、ADでまた一つ新薬候補がP3試験でつまずいたからだ。
intepirdineは5-HT6受容体拮抗薬で唯一、開発に踏みとどまっていた薬剤だった(米ファイザーは撤退、デンマーク・ルンドベックは失敗)。これはかなり危機的な状況だが、そうした中、期待を集めていたのが米メルクのBACE阻害薬verubecestatだった。
アミロイドβ 共倒れを危惧
verubecestatは疾患修飾たり得る作用機序を初めて現実に示すはずだったが、メルクは今年2月13日、前駆ADを対象に行っていたP3試験を中止すると発表した。これで、英アストラゼネカ、米イーライリリー、米バイオジェン、そしてエーザイが開発中のものを含め、このクラスの新薬候補が共倒れになりはしないかと危惧される。
BACE1はアミロイドβ産生の律速段階であり、BACE阻害薬は脳内にすでにあるアミロイドプラークを除去するというより、アミロイドプラークの形成を上流で阻害することを想定している。このため、これらの薬の恩恵を最も受けるのは、疾患の初期段階の患者だろうと考えられていた。
「EPOCH」に続き「APECS」も失敗
1年前、メルクはverubecestatを軽度から中等度のADで検討するP3試験「EPOCH」を有効性が見られなかったとして中止した。これによってverubecestatの開発計画はP3試験「APECS」のみに。この試験は、前駆ADを対象としたもので、アミロイドβを標的とする薬剤はADが完全に顕在化する前に投与する必要がある、との仮説を試す最初の試験だった。
昨年、Decision Resources Groupのインタビューに応じたキーオピニオンリーダー(KOL)らは、verubecestatが成功するか失敗するかは、ほかのBACE阻害薬の開発に大きな意味合いを持つと認識していた。米国のある神経学者はこう述べる。
「verubecestatは軽度から中等度の患者でははっきりとした差が出なかった。仮にEPOCH試験に軽度患者、とりわけ非常に軽度の患者を含めないとすると、プラセボに対して被験薬で違いが出るというシグナルが見られない、あるいはシグナルが見られそうな気配すらないということになり、それが気がかりだ。そうしたやり方では、この軽度認知障害(MCI)を対象とした試験は何を示すことになるのか、MCIと軽度の患者を一緒くたにすることで社会は何を予測しようとしているのか、疑念を深めてしまいかねない」
アデュカヌマブは患者を追加 膨らむ仮説への疑念
VerubecestatがMCIと軽度ADを分けた前駆ADの試験で2度の失敗を喫した今、私達は今がどういう時期なのかを問うてみる必要がある。BACE阻害薬を開発しているほかの企業と、そのP3試験にとって何を意味するのか。
試験デザインには確かに疑問もあるが、より重要なのはおそらく、前駆的介入、すなわちBACE阻害薬が本当に効くのかという疑問であり、アミロイドβ仮説への疑念は膨らんでいく一方だ。
これに火を注ぐことになったのが、バイオジェンの投資家向けカンファレンスでの発表だ。2700人を登録する予定だったaducanumabの試験を盲検下で評価したところ、主要評価項目のばらつきが想定以上だったことが分かり、P3試験の登録を500人以上増やすことになったのだ。
これがaducanumabの運命にとって何を意味するのかということを考えると、いい加減アミロイドβ仮説の先に進むべきではないか、との声はますます大きくなるだろう。
アミロイドβ擁護派の意見は
こうした最新の動きの一方で、アミロイドβ仮説を擁護する意見もなくならないだろう。
擁護派が推すaducanumabの先行データは、用量および時間依存的にアミロイドプラークの量が減少する点、さらには、認知機能の低下も潜在的な遅延が示されている点で興味深く、このまま開発を見守ろうという気にさせる。
擁護派はほかにも、一次予防として非常に効果的な薬になることを示唆してきたBACE阻害薬にとっては理想的とも思える筋書きを持ち出してくるかもしれない。アミロイドβ仮説にのっとった試験としては唯一妥当と言える、症状は表れていなくてもリスクがある患者の予防に向けた試験がいくつか走っているが、結果が明らかになりはじめるのは2019~2020年だ。
ほかのアプローチに投資する時期に来ている
今、業界は、これまで以上にアミロイドβ以外のアプローチを探索するための投資を行う時期に来ているのではないかという感触がある(そんな時期はとっくに過ぎているという人も一部にはいるが)。
変化はいくつか起こっている。タウタンパクは業界では長いこと後回しにされてきたが、今まさにタウの時代が始まろうとしている。
米アッヴィとスイスのAC Immuneは、タウを標的とする抗体医薬を臨床段階に進め、バイオジェンは米IONIS Pharmaceuticalsはタウに対するアンチセンスオリゴヌクレオチドで協力している。ただ、タウ療法の有効性が判明するのはまだ数年先になりそうだ(早くて2020年、それもP2試験にすぎない)。
困難な状況は続く
ほかのアプローチも探索されてはいるが、困難な状況が続いている。
ここ1ヶ月半に限ってみても、独ベーリンガーインゲルハイムがPDE9阻害薬のBI409306の開発を断念し、武田薬品工業と米Zinfandel PharmaceuticalsはピオグリタゾンのP3試験を中止した。ファイザーは、P1試験の段階にあった4つのAD治療薬候補も含め、神経科学の新薬開発から撤退した。
2018年に試験結果の発表が予定されているのは、米vTv Therapeuticsのazeliragonだ。この薬もアミロイド産生経路の上流を標的としている。しかし、azeliragonの評価対象が軽度ADであることを考えると、これまで多くの薬が失敗している中、成功は困難だろう。
さらに、アミロイド+タウやBACE阻害薬+抗体医薬などの併用療法が真に唯一の道だとしても、いずれの被験薬も個別には検査しない、または単独で効果がない場合、骨折りの先に泥沼の審査が待っている、ということにもなりかねない。
早期患者は貴重な“リソース”
リスクの大きさに比べて可能性が極めて小さいにもかかわらず、大手もバイオベンチャーもこの領域に果敢にコミットし続けている。
しかし、ここ最近続く失敗が示唆しているのは、少なくともすでに実施中の試験の結果が出るまでは、新しい抗アミロイドβ薬を臨床段階に進めるのはやめて、むしろこれを機に新しいアイデアに投資すべきではないか、ということだ。
経済的に道を外れた現状のやり方を続ければ、コストは膨らみ続ける。今行われている後期臨床試験は、1本あたり平均約1300人の患者を登録しており、ほとんどの企業が2本の試験を行っている状況だ。
これは患者やその介護者にとてつもない献身を求めるものであり、募集が難しい早期患者をはじめとした貴重なリソースをつぎ込んでしまっていることを意味している。私たちはこのリソースを、できる限り賢く使っていかなければならないのだ。
(原文公開日:2018年3月1日)
【AnswersNews編集長の目】膨らんではしぼむアルツハイマー病の新薬に対する期待。今年2月には、米メルクがアルツハイマー病による健忘型軽度認知障害を対象に行っていたベルベセスタットのP3試験「APECS」を中止すると発表しました。外部データモニタリング委員会が、試験を続けたとしてもリスクを上回るベネフィットが得られる可能性が低いと結論付けたのを受けての判断です。
アルツハイマー病では長らくアミロイドβ仮説が有力視されてきましたが、抗アミロイドβ抗体のソラネズマブ(米イーライリリー)やバピネオズマブ(米ファイザー)、そしてBACE阻害薬のベルベセスタットと、アミロイドβを標的とした新薬候補がことごとく失敗し、この仮説に対する懐疑的な声も上がっています。
こうした中「アミロイドβが主要な病因の1つであるとの自信を深めている」と語るのはエーザイの内藤晴夫CEO。昨年10月、抗アミロイドβ抗体アデュカヌマブを開発する米バイオジェンとの提携を拡大し、同剤の共同開発に乗り出しました。内藤氏は「アデュカヌマブの開発成功の確度は高い」と自信を見せています。
米国研究製薬工業協会の15年の発表によると、1998~04年に臨床試験を行ったアルツハイマー病治療薬候補127剤のうち、承認取得に至ったのはわずか4剤。成功確率は3%にとどまりました。医薬品全体で見ると臨床試験に入った新薬候補が承認される確率は12%ですので、アルツハイマー病治療薬の開発は極めて難しいと言えます。
その背景には、疾患の根本原因と発症のメカニズムが明確になっていない、疾患の存在と進行を評価する有効な指標がない、といった問題が指摘されています。それでも、エーザイやバイオジェンをはじめ、多くの企業がこの領域に挑み続けているのは、患者にとっても、社会にとっても希望です。
国際アルツハイマー病協会によると、世界の認知症患者は4700万人に上り、2050年にはこれが3倍に増えると予測されています。根治薬の登場を、患者・家族のみならず、社会全体が願っています。 |
この記事は、Decision Resources Groupのアナリストが執筆した英文記事を、AnswersNewsが日本語に翻訳したものです。