化学及血清療法研究所による血液製剤の不正製造問題を契機に、再編に向けた圧力が高まるワクチン業界。5月9日には、阪大微生物病研究会と田辺三菱製薬が生産基盤の強化を目指して合弁会社「BIKEN」を設立しました。
一方、化血研の事業譲渡はアステラス製薬との交渉打ち切りで暗礁に。表立った動きもめっきりなくなりました。「護送船団方式で守られているため国際的な潮流から取り残されつつある」などと厳しい指摘を受けるワクチン業界ですが、再編の行方はいまだ不透明なままです。
「企業規模大きくする動き、歓迎」
「今後、日本のワクチン産業の企業規模を大きくする動きが、安全で良質なワクチンの安定供給と、国際社会への貢献につながっていくと期待している。そういう意味で歓迎したい」
昨年11月、阪大微生物病研究会(阪大微研)と田辺三菱製薬がワクチン製造の合弁会社「BIKEN」の設立で基本合意したと発表すると、塩崎恭久厚生労働相は「タスクフォースの提言に沿ったもの」と評価しました。
タスクフォースの提言とは、化学及血清療法研究所(化血研)による血液製剤の不正製造を機に省内に立ち上げた「ワクチン・血液製剤産業タスクフォース」の有識者が昨年10月にまとめた提言のこと。「世界的に規模の拡大と寡占化が進んでいる一方、国内市場では統廃合が進まず極めて小規模のままである」と、ワクチン業界の再編を促しました。
合弁で生産強化
阪大微研と田辺三菱は5月1日、合弁会社の設立に最終合意。5月9日には阪大微研の100%出資でBIKENを設立しました。9月1日に株式33.4%を田辺三菱に売却し、合弁会社として操業を開始します。
両者が合弁設立で狙うのは、ワクチンの生産基盤の強化です。阪大微研の生産設備を移し、関連職員約580人が出向。田辺三菱が持つ医薬品の生産・管理のノウハウを取り入れ、生産量の拡大を目指します。
「国際的な潮流から取り残されつつある」
「護送船団方式で守られているため国際的な潮流から取り残されつつある」「統廃合が進まず極めて小規模のままであることから、研究開発力や海外展開、国際競争力に乏しい」。厚労省のタスクフォースの提言には、ワクチン産業に対する厳しい指摘が並びます。
確かに日本のワクチン産業は、企業規模の観点からすると脆弱です。国内では、化血研や阪大微研などの財団法人や一部の企業が研究開発と製造を担い、武田薬品工業やアステラス製薬といった大手製薬企業が販売を行っています。売上高は化血研が458億円、阪大微研が412億円。製造から販売まで手がける第一三共も385億円と規模は大きくありません。
一方、世界市場ではメガファーマ4社がシェアの7割を握り、寡占化が進んでいます。世界最大手の英グラクソ・スミスクラインのワクチン売上高は6842億円。米ファイザーが6557億円、仏サノフィが5492億円と、いずれも日本のメーカーとは桁が1つ違います。
ワクチン業界の再編の必要性は昔から言われてきたことでもあります。2007年に厚労省がまとめた「ワクチン産業ビジョン」でも、規模拡大による競争力の強化がうたわれました。しかし、10年たった今も状況はさほど変わっていません。
大手が相次ぎ事業強化
とはいえ、この10年間で全く動きがなかったわけではありません。市場は急速に拡大し、大手企業が提携や買収を通じてワクチン事業の強化に乗り出しました。
グローバル展開を目指して2012年1月にワクチンビジネス部を設置した武田薬品は、パイプラインの強化を目的に海外のベンチャー企業を相次いで買収。デング熱やノロウイルスに対するワクチンが開発後期段階に入っています。
第一三共は11年4月に北里研究所との合弁会社「北里第一三共ワクチン」を設立。翌12年7月にはグラクソ・スミスクラインと共同で「ジャパンワクチン」を立ち上げました。田辺三菱製薬も13年にカナダのベンチャー企業を買収。新規技術を使ったワクチンでグローバル市場への進出を狙います。
カギ握る化血研 事業譲渡は膠着
今後の再編を占う上で注目されるのは、やはり化血研の動向です。不正製造の発覚を受け、厚労省は繰り返し化血研の「解体」を明言。事業譲渡を求めてきましたが、アステラス製薬との交渉は昨年10月に破談。振り出しに戻りました。
日本脳炎ワクチン「エンセバック」をめぐる問題にもまだ決着がつきません。
厚労省は昨年10月、化血研が「エンセバック」を承認書と異なる方法で製造していたとして報告を命令。「このような事態が続く場合には医薬品製造販売業許可の取り消し処分もありうる」と伝えましたが、化血研側は不正製造を否定しました。厚労省は化血研から提出された弁明書を精査しているといいますが、膠着状態は続きます。
もっとも、化血研は独自での事業継続を志向しているとも言われます。昨年6月には理事長を外部出身者に交代し、評議員会のメンバーをすべて外部出身者とするなど、経営体制を刷新。しかし、それ以降も厚労省が繰り返し抜き打ちでの立ち入り検査に入っていることなどを踏まえると、自力再建への理解が得られているとは言えません。
アステラスはどう動く
アステラスの動きも気になるところです。
現行の中期経営計画で次世代ワクチンを「新たな機会への挑戦」と位置付ける同社は、2011年に米バイカル社から移植時のサイトメガロウイルス感染に対するワクチンの全世界での開発・販売権を獲得。臨床第3相(P3)試験が進行中です。
一方、UMNファーマと共同開発していた細胞培養インフルエンザワクチンは承認を得られず、共同事業契約を解消しました。武田薬品や第一三共が製造を手がけるのに対し、アステラスはワクチンの生産機能を持っていません。
「特に新しいタイプのワクチンについて、今後新しい取り組みをしていきたいと考えている。トータルとしては興味の高い領域だ」
アステラスの畑中好彦社長は昨年10月の会見でワクチン事業への興味を語る一方、「日本のワクチン産業の再編の考え方として厚労省が出したものと、これから私たちがやろうとすることは必ずしもリンクするものではない」と、業界再編の議論とは一線を画す考えを示しています。
不祥事を発端に行政主導で始まった再編議論は今後、本格化していくことになるのでしょうか。いずれにしても、国内メーカーの競争力強化が待たれていることだけは確かです。