日本の製薬企業としては異例の人事となったクリストフ・ウェバー氏の社長就任から間もなく2年。武田薬品工業が変革への動きを加速させています。
キーワードは“絞り込み”。長期収載品事業を切り離し、かつての主力製品を新会社に移管するとともに、長年強みとしてきた糖尿病領域での研究を中止。「がん」「消化器」「中枢神経」の3領域に経営資源を集中投入する方針です。
過去の成功体験からの決別、とも言うべき一連の動きは、「新生タケダ」を強く印象付けます。賛否両論が渦巻く中、老舗製薬企業の舵取りを任されたウェバー社長のもと、武田はどんな道を歩んでいるのでしょうか。
糖尿病の研究中止「大きな決断」
「われわれにとって大きな決断だ」
米国時間1月12日、サンフランシスコで機関投資家向けに開かれたJPモルガン・ヘルスケア・カンファレンス。武田薬品工業のクリストフ・ウェバー社長は、糖尿病を含む代謝領域の研究を中止する方針を表明しました。
糖尿病領域といえば、武田が長年強みとしてきた領域です。1994年発売の「ベイスン」を皮切りに、「アクトス」(1999年)、「ネシーナ」(2010年)、「リオベル」(2011年)、「ザファテック」(2015年)を相次いで発売。中でも「アクトス」は、2007年のピークに世界で年間3962億円を売り上げ、2011年の特許切れまで武田の収益を支えました。
痛手だったTAK-875の開発中止
そんな武田の代名詞とも言える糖尿病領域からの撤退。“大きな決断”を後押ししたのは、2型糖尿病治療薬のGPR40作動薬「TAK-875」の開発中止(2013年12月)でしょう。ピーク時には年間売上高2000億円規模との予測も聞かれていましたが、臨床第3相(P3)試験で肝機能障害を引き起こす可能性が判明。全世界で開発中止に至りました。
これによって武田の糖尿病領域のパイプラインは枯渇してしまいました。それでも武田は当時、糖尿病領域の研究開発に投資を続けると明言していましたが、ウェバー氏の社長就任が潮目を変えたようです。
幅広い疾患領域を対象とした従来の研究開発は、将来成功する手法ではない――。ウェバー社長はこう語ります。
消化器領域への投資加速
糖尿病領域に代わって武田の看板を背負うことになるのが、消化器領域です。ウェバー社長は「将来、消化器領域をリードする企業になりたい」と語っています。
急拡大する「エンティビオ」
期待をかけるのは、2014年6月に発売した潰瘍性大腸炎・クローン病治療薬「エンティビオ」(日本ではP3試験中)。発売からわずか1年半しかたっていませんが、2015年4~12月期には593億円(前年同期比261.2%増)を売り上げました。武田はピーク時に年間20億ドル超の売り上げを見込んでいます。
今年1月には米バクスアルタから、「エンティビオ」の生産能力増強のためバイオ製剤製造施設を買収しました。
さらに、ロンドン・クイーンメアリー大(2015年2月)や米Cour社(同12月)、仏Enterome社、カナダenGene社(いずれも2016年1月)と相次いで消化器領域での新薬創出に向けた共同研究・共同研究開発契約を結ぶなど、消化器領域への投資を加速させています。
長期収載品を分離、新薬ビジネスに集中
“絞り込み”のもう一つの象徴と言えるのが、昨年末に発表された長期収載品事業の分離です。武田は今年4月以降に、後発医薬品世界最大手のテバと日本で合弁会社を設立。長期収載品を新会社に移管します。
移管する製品には、ARB「ブロプレス」やプロトンポンプ阻害剤「タケプロン」、「ベイスン」など、これまで武田の収益を支えてきた製品が並びます。移管する製品の売り上げは1250億円(2014年度)に上ります。
第一三共や田辺三菱製薬のように、国内でも一部の長期収載品を後発品子会社に移管する例はありましたが、これだけ大規模に、しかも他社との合弁会社に移管するのは異例です。
「新薬の提供通じ成長」
武田は長期収載品を切り離すことで、新薬ビジネスに集中する方針です。
後発品の使用促進や薬価引き下げにより、長期収載品の市場は加速度的に縮小しています。武田の国内医療用医薬品の売上高は2011年度の5944億円から3期連続で減少。2015年度も厳しい状況にあります。
それだけに新薬の成長は急務。長期収載品の移管により2016年度は500億円程度の減収影響を受けますが、それでも「革新的新薬の提供を通じて成長を遂げる」(ジャパンファーマビジネスユニットの岩﨑真人プレジデント)ことで厳しい市場環境を切り抜ける道を選びました。
新興国ビジネスの舵取りは?
武田の長谷川閑史前社長(現会長)は、ウェバー氏の社長就任を発表した記者会見で、ウェバー氏にまず期待することとして新興国ビジネスの舵取りを挙げました。
ウェバー社長の就任以降、武田は新興国ビジネスの立て直しに本腰を入れています。2015年4月にはビジネスユニット体制に組織を再編し、社長直轄の「新興国ビジネスユニット」を設置。同ビジネスユニットの拠点としてシンガポールにオフィスを開設し、新興国市場の主要機能を集約しました。
進む新薬投入
新興国ビジネスでは、まず特許切れ品やブランドジェネリック、一般用医薬品などで収益基盤を築いた上で新薬を投入し、持続的な成長を実現するという青写真を描いています。
2022年までに目指す年平均成長率は10%。2013年度に19%だった新興国の売上高比率を2017年度には25%まで高める計画で、2015年度はブラジルで「エンティビオ」の承認を取得、「ネシーナ」をブラジルやロシアで発売するなど、新薬の投入も徐々に進めています。
ただ、足元を見ると、実質的な年成長率は、2014年度が8.1%、2015年度も第3四半期までで5.7%と弱含みの印象は拭えません。約1兆円超を投じて買収したスイス・ナイコメッドの販路をどう活用するかという課題も残されています。組織体制が整ったここからが、新興国ビジネスの正念場と言えるでしょう。
攻めに一転、問われる手腕
糖尿病領域の研究中止に長期収載品事業の切り離し…。事業領域の大胆な絞り込みは、外部から登用されたウェバー社長ならではの判断と言えます。
かつて世界で1兆円を稼ぎ出したグローバル4製品の特許切れ以降、収益の低迷に苦しんできた武田。最近では、巨額買収に対する非難やアクトスをめぐる訴訟、医師主導臨床試験「CASE-J」の問題など、守勢にまわることも多くなっていました。
見えてきた買収の効果
一方で、米ミレニアムの買収で獲得した多発性骨髄腫治療薬「ベルケイド」の年間売り上げは1000億円を超え、「エンティビオ」も好調な立ち上がりを見せるなど、買収の効果も出てきています。収益の柱が育つ中、昨年は京都大iPS細胞研究所と大規模な共同研究を開始。将来に向けた投資も活発です。
過去の成功体験と決別し、攻めに転じた武田。ウェバー社長が就任会見で宣言した通り「武田をグローバルリーダーにする」ことができるのか。その手腕が問われることになります。
【AnswersNews編集部が製薬会社を分析】 |