(写真はいずれもロイター)
大手製薬企業が、抗体薬物複合体(ADC)への投資を活発化させています。今年は米ファイザーや同アッヴィがADC開発企業を100億ドル超の巨費で買収すると発表。同メルクは第一三共とADC3品目の開発・商業化で最大3兆円超の大型提携を結びました。ADCの市場は急成長が見込まれ、開発競争は激しさを増しています。
ファイザー6.3兆円、アッヴィ1.5兆円
米アッヴィは11月30日、ADCの開発を行う同イミュノジェンを101億ドル(約1兆4800億円)で買収すると発表しました。買収を通じてアッヴィは、イミュノジェンが手掛けるファーストインクラスの抗葉酸受容体α(FRα)ADC「Elahere」(一般名・mirvetuximab soravtansine)を獲得します。
Elahereは2022年11月、単群の臨床第3相(P3)試験の結果をもとに「FRα陽性のプラチナ抵抗性上皮性卵巣がん、卵管がん、原発性腹膜がん」の適応で米FDA(食品医薬品局)から迅速承認を取得。化学療法との比較試験でも無増悪生存期間、客観的奏効率、全生存期間を統計学的に有意に延長し、今年10月には欧州でも申請が受理されています。
イミュノジェンは、Elahereの治療対象をより早期の患者に広げるための開発を進めているほか、パイプラインにはCD123やADAM9を標的としたADC候補が控えています。アッヴィは、主力の抗TNFα抗体「ヒュミラ」が米国でバイオシミラーとの競争にさらされる中、Elahereやそれに続く開発品を手に入れることでがん領域を強化します。
ADCをめぐっては、米ファイザーも3月、この分野に強みを持つシージェンを430億ドル(約6兆3200億円)で買収すると発表しました。シージェンは、抗ネクチン-4 ADC「パドセブ」(エンホルツマブ ベドチン、アステラス製薬)や抗CD30 ADC「アドセトリス」(ブレンツキシマブ ベドチン、武田薬品工業)を手掛けるなど実績豊富。有力な技術や人材を取り込み、がん領域の成長を加速させたい考えです。シージェンはアステラスや武田薬品のほか、ロシュ(スイス)やジェンマブ(デンマーク)とも提携しており、ファイザーによるシージェン買収は今後の各社のアライアンス戦略にも影響してきそうです。
メルクは10月、第一三共が開発する3つのADCについて、日本を除く全世界で共同開発・商業化する提携を結んだと発表。提携の対象は▽抗HER3 ADCパトリツマブ デルクステカン▽抗B7-H3 ADC「DS-7300」(開発コード)▽抗CDH6 ADC「DS-6000」(同)――で、メルクは提携の対価として最大で総額220億ドル(約3兆2300億円)を支払います。
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市場は30年に2.4兆円
ADCは抗体と低分子化合物をリンカーで結合させた薬剤。強力な殺細胞性抗がん剤をがん細胞に選択的に運ぶことができるため、有効性と安全性に優れた治療法として有望視されています。市場調査レポートを扱うグローバルインフォメーションによると、ADCの世界市場は2022年の50億3280万ドルから30年には165億9460万ドル(約2兆4400億円)に達する予測され、成長市場をめぐる競争は激しくなっています。
欧米の大手では、米ギリアド・サイエンシズが20年に同イミュノメディクスを買収してADCの分野に参入。英アストラゼネカは19年から20年にかけて第一三共と提携を結び、同社が創製した2つのADCを取り込みました。
ギリアドがイミュノメディクス買収で獲得した抗TROP2 ADC「Trodelvy」(米国承認20年、欧州承認21年)は今年第3四半期の時点で7億6400万ドルを売り上げており、ブロックバスターに届きそうな勢い。第一三共とアストラゼネカが手掛ける抗HER2 ADC「エンハーツ」は24年3月期に3817億円の売り上げを見込んでおり、もう1つの提携品である抗TROP2 ADCダトポタマブ デルクステカンも申請間近です。
第一三共の真鍋淳会長CEO(最高経営責任者)は、メルクとの提携に関する10月の説明会で「多くのオンコロジーカンパニーがADCに注力しており、キャパシティ、リソース、ケイパビリティを増強する必要性が高まっている」と提携の背景を説明。第一三共はADCの分野で世界有数の企業の1つですが、真鍋氏の言葉にはADCをめぐる競争の厳しさがにじみます。
中国勢も台頭
国内企業では、シージェンとアドセトリスを開発した武田薬品が今年8月、のちにアッヴィが買収を発表するイミュノジェンからElahereの日本での開発・販売権を取得。田辺三菱製薬はADCセラピューティクス(スイス)から22年に導入した抗CD19 ADC「MT-2111」(loncastuximab tesirine、海外製品名・Zynlonta)の開発を国内で進めているほか、自社創製の抗c-Met ADC「MT-8633」も臨床試験に入っています。
エーザイは、FRαをターゲットとする自社創製のADC「MORAb-202」をグローバルで共同開発。同じく自社創製の抗HER2 ADC「BB-1701」では、中国のブリス・バイオファーマシューティカルズと共同開発契約を結びました。いずれも搭載する薬剤(ペイロード)として自社の抗がん剤「ハラヴェン」(エリブリン)を使っています。
アステラスは昨年、抗体に免疫賦活剤と免疫原性細胞死を誘導する抗がん剤を結合させた次世代ADCの開発・商業化で米ストロ・バイオファーマと提携。今年5月には、ソニーが独自開発した高分子材料をADCのリンカーに応用することを目指し、同社と共同研究契約を結びました。
ADCの分野では中国企業も台頭してきており、GSKは今年10月、Hansoh Pharmaから抗B7-H4 ADC「HS-20089」を一時金8500万ドル・マイルストン最大14億8500万ドルで導入。独ビオンテックも4月、DualityBiologicsから2つのADCを導入する契約を結びました。2品目のうちHER2を標的とする「DB-1303」は米国でファストトラック指定を受けており、HER2発現進行固形がんを対象にP2試験を実施中。ビオンテックが支払う導入の対価は、一時金(1億7000万ドル)とマイルストンで総額15億ドルを超える可能性があるといいます。メルクもSichuan Kelun-Biotechから導入した抗TROP2抗体を開発中です。
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