不足が深刻化しているアモキシシリン製剤(フランス・パリの薬局で2023年1月撮影、ロイター)
[ロンドン ロイター]スペインの製薬会社Reig JofreのCEO、Ignasi Biosca-Reig氏は、国内で抗生物質製剤アモキシシリンが不足しているとの情報を耳にすると、すぐさま生産量を増やそうとした。しかし、工場のシフトを数回増やすのが精一杯だった。同氏は「供給を増やしたいが、急激なコスト増をカバーできるくらいジェネリック医薬品の価格が上がらない限り、数百万ユーロを投じて新しい生産ラインを導入することを正当化できない」と話す。
「コストは上がっているのに価格は変わらない」
スペインでは20年前に小児用アモキシシリンのジェネリック医薬品が発売されたが、多くのヨーロッパ諸国と同じように、その価格は発売時からほとんど変わっていない。「これではビジネスにならない。コストは上がっているのに価格は変わらないのだから」。Biosca-Reig氏はこう嘆く。
パンデミックによる社会経済活動の規制が緩和されて以降、呼吸器感染症が再び流行し、世界各国で抗生物質製剤の不足が報告されている。中でも特に深刻なのが欧州だ。ジェネリック医薬品の価格は低く抑えられている一方、ロシアのウクライナ侵攻によってエネルギーや原材料の価格は上昇している。欧州の医薬品メーカーの多くは生産能力の拡大に消極的で、さらなる不足が懸念されている。
ロイターの取材に応じた欧州のメーカー13社と6つのジェネリック医薬品業界団体によると、多くの企業は抗生物質製剤の生産を正当化できるだけの利益を上げるのに苦労しており、増産は難しいという。欧州の代表的な業界団体Medicines for EuropeのAdrian van den Hoven事務局長は「すべてのコストが2桁あるいはそれ以上に上昇している中で、今の価格を維持することはできない」と話している。
欧州の多くの国の政府は、入札の開始前に他国の市場や国内の類似医薬品と比較してジェネリック医薬品の参考価格を設定し、それを基準にして供給者と交渉している。通常、政府は最も低い価格を提示したメーカーと契約を結び、その結果、後の入札でさらなる価格圧力がかかることになると医薬品メーカーは指摘する。
価格制度が「底辺への競争」助長
Medicines for Europeによると、ジェネリック医薬品は現在、欧州で処方される医薬品の約7割を占めているが、そこに支払われる費用は医薬品全体の29%にすぎない。
欧州の医薬品メーカーは、現在の価格制度が「底辺への競争」を助長しており、欧州メーカーはアジア勢に打ち負かされていると指摘している。過去10年で一部の欧州企業は生産量を減らしたり、製品や原薬の製造をコストの低いインドや中国に移したりせざるを得なくなった。
業界幹部は、医薬品不足を回避し、過度のアジア依存を解消するには、価格設定を見直して欧州域内での医薬品製造を活性化するしかないと話す。
ボストン大学クエストロムビジネススクールの市場・公共政策・法律学科教授で、医薬品の価格に詳しいレナ・コンティ氏は「国民の健康や国家の安全保障の観点から、医薬品の供給を他国に依存せず、確実なものとするために、もっとコストを払わなければならないという認識は広まりつつある」と言う。
欧州医薬品庁(EMA)や欧州連合(EU)は、医薬品供給に問題があることを認めている。EMAと欧州委員会(EC)は昨年10月に医薬品不足が初めて報告されて以来、メーカーや業界団体と会合を重ねてきた。しかし、今のところ大きなアクションはないと関係者は口をそろえる。
EMAのチーフ・メディカル・オフィサーであるSteffen Thirstrup氏は先月、ロイターに対し、これだけ多くの国で同じ薬の不足が報告されているのは極めて異例だとしながらも、暖かい季節が近づくにつれ需要は緩和されるだろうとの予測を示した。Thirstrup氏、それまでにアモキシシリンが手に入らない場合は代替薬を使用することも可能だと述べている。
しかし、多くの患者団体は、代替薬がほかの医薬品の供給を圧迫していると警告している。
ECが法改正へ
ECは3月に医薬品法の改正案を議会に提出する予定だ。ECは、在庫の確保や供給に関する早期の情報提供をメーカーに義務付けることを提案しているが、業界側は入札制度や価格制度の見直しを盛り込むよう要望している。スイスNovartisのジェネリック医薬品部門Sandozのグローバルサプライチェーン責任者Giovanni Barbella氏は「課題は生産コストではなく、欧州市場全体の枠組みだ。現在の制度では、メーカーはコストの上昇を柔軟に価格に反映することができない」と指摘する。
スペインでは2003年、小児用アモキシリンの価格が60mLで98セント(1.05ドル)に設定された。13年に40mLあたりの価格に改定されたが、それ以来、価格は変わっていない。業界団体によると、スペイン国内で販売されているジェネリック医薬品の半数は、価格が1箱または1瓶あたり1.6ユーロを下回る。
医薬品価格の専門家であるMelissa Barber氏によると、英国でも抗生物質製剤の価格はスペインと同水準だ。ドイツは欧州最大のジェネリック医薬品市場だが、同国の業界団体Pro Generikaは、メーカーが受け取る平均金額はこの10年で66%減少したとしている。
スペインの製薬企業Medichemの諮問委員会メンバー、Elisabeth Stampa氏は、EUのほとんどの国では原価の上昇を価格に反映させる仕組みが存在しないと指摘。同社の前CEOでもあるStampa氏は「同じ価格で10年間競争力を維持するのは非常に難しい」と話す。
「不足に対応できる余力はない」
一部の国は対策を講じることを約束している。
独連邦議会は今年、ジェネリック医薬品の入札制度に関する法改正を検討する予定で、スペイン厚生省も先月、アモキシシリンなどの医薬品について一時的に高い価格で購入できるような制度変更を検討していることを明らかにした。
長年にわたる価格抑制により、多くの中小メーカーが抗生物質製剤ビジネスから手を引くことを余儀なくされた。アモキシシリンなどの医薬品を欧州で広域的に販売しているジェネリック医薬品メーカーはわずか数社にとどまる。
米IQVIAによると、GSK (英)、Sandoz(スイス)、Viatris(米)、Aurobindo(印)、Servier(仏)の5社で欧州のアモキシシリン市場の6割近くを占めている。Pro Generikaによると、ドイツ市場ではSandozがアモキシシリン製剤のシェアの7割を占めている。
不足が明らかになったとき、一部のメーカーは生産量を増やしたが、需要を満たすには十分でなかった。オランダの原薬メーカーCentrient PharmaceuticalsのCEO、Rex Clements氏は「欧州の生産能力は低下しており、不足に対応できる余力はない」と話す。
Sandozは今年、オーストリアの工場でシフトを増やし、アモキシシリンの生産量を22年比2桁の比率で増やすことを目指している。24年には拡張した設備を稼働させる予定だという。GSKは、英国とフランスの工場でスタッフを採用し、シフトを増やしたとしている。
ただ、市場シェアの小さい企業はこうした対応に踏み込めていない。イスラエルTevaの欧州アモキシシリン市場でのシェアは5%だ。同社の欧州ガバメントアフェアーズ責任者Erick Tyssier氏は「市場のギャップを埋めるために生産能力を上げることは不可能だ」と話している。
(Maggie Fick/Natalie Grover/Emilio Parodi/Emma Pinedo Gonzalez/Renee Maltezou/Eleftherios Papadimas/Jacob Gronholt-Pedersen/Ludwig Burger、編集:Josephine Mason/David Clarke、翻訳:AnswersNews)