国内外の製薬企業が、新たな直接作用型経口抗凝固薬(DOAC)として血液凝固第XIa因子阻害薬の開発を進めています。独バイエルのasundexianが臨床第3相(P3)試験に入っており、米ブリストル・マイヤーズスクイブも近く最終治験を始める予定。順調にいけば数年後には市場に出てくる見通しです。現在主流となっているXa阻害薬に比べて安全性に優れる可能性があり、「次世代DOAC」として期待されています。
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急速に普及したDOAC
抗凝固薬は、血液を固まりにくくすることで血栓(血液のかたまり)の形成を抑制する薬剤です。血栓の形成を防ぐ薬剤には、大きくわけて「抗凝固薬」と「抗血小板薬」の2つの種類がありますが、前者は凝固因子(やその産生に関与する物質)の働きを抑えるのに対し、後者は血小板の凝集を抑制することで効果を発揮します。
抗凝固薬による治療の対象となるのは、血液の流れが滞ること(うっ滞)で起こるタイプの血栓で、「非弁膜症性心房細動患者における虚血性脳卒中および全身性塞栓症の発症抑制」や「静脈血栓塞栓症(深部静脈血栓症および肺血栓塞栓症)の治療および再発抑制」などに用いられます。
経口抗凝固薬としては、1962年発売の「ワーファリン」(一般名・ワルファリンカリウム)をはじめとするビタミンK拮抗薬が50年近くにわたって唯一の選択肢として使われてきました。ビタミンK拮抗薬は、ビタミンKが関与する血液凝固因子の産生を抑えることで血栓の形成を防ぎますが、▽効果の発現に時間がかかる▽投与量の個人差が大きい▽治療域が狭く、血液凝固能の定期的なモニタリングが必要▽併用に注意が必要な薬剤が多い▽服用中はビタミンKを多く含む食品(納豆など)を避ける必要がある――といった課題がありました。
4剤が相次ぎ登場
こうしたビタミンK拮抗薬の問題点を解決する薬剤として開発されたのが、直接作用型経口抗凝固薬(DOAC)です。国内では、2011年3月に発売された日本ベーリンガーインゲルハイムの「プラザキサ」(ダビガトランエテキシラートメタンスルホン酸塩)を皮切りに、第一三共の「リクシアナ」(エドキサバントシル酸塩水和物、同年11月発売)、バイエル薬品の「イグザレルト」(リバーロキサバン、12年4月発売)、ブリストル・マイヤーズスクイブとファイザーの「エリキュース」(アピキサバン、13年2月発売)が相次いで登場しました。
DOACは血液凝固因子であるトロンビンや活性化第X因子(第Xa因子=FXa)を直接阻害することで抗凝固作用を示します。▽服用後速やかに効果を発揮する▽ワルファリンのように厳密なモニタリングが必要ない▽食事の影響を受けない――といったメリットがあり、ビタミンK拮抗薬に代わる抗凝固療法として急速に使用が広がりました。
DOACは現在、世界的に広く普及しており、4剤で250億ドルを超える市場を形成しています。2021年に最も売れたDOACはエリキュースで、世界で167億ドルを販売。一方、国内ではリクシアナが売り上げシェア41.4%でトップとなっており(22年7~9月期時点)、23年3月期は1066億円の売り上げを見込んでいます。
出血リスク伴わず抗凝固作用
ただ、現在のDOACにも課題はあります。抗凝固薬には副作用として重大な出血のリスクがあり、これを避けるためアンダードーズ(適正用量を下回る低用量使用)となるケースが少なくないといいます。投与量を減らせば出血は防げるものの、十分な効果を発揮することはできません。アンダードーズの問題はワルファリン時代からあり、DOACが主流となった現在も続く抗凝固薬の課題です。
これを解決する薬剤として期待されているのが、現在開発が進められている血液凝固第XI因子(FXI)や活性化血液凝固第XI因子(第XIa因子=FXIa)を阻害する薬剤です。FXI/FXIaは血液の凝固に関与しますが、止血には必須の因子ではないとされ、この働きを抑えることで出血リスクを伴うことなく抗凝固作用を得られる可能性があります。
FXI/FXIa阻害薬は国内外の複数の製薬企業が開発を進めています。独バイエルのFXIa阻害薬asundexianがP3試験に入っており、米ブリストルと同ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)が共同開発しているFXIa阻害薬milvexianも間もなくP3試験が始まる見込み。経口薬ではありませんが、同アンソス・セラピューティクスの抗体医薬abelacimabもP3試験が進行中です。
年間50億ドル超の売り上げ期待
asundexianは心房細動患者を対象に行ったP2試験で、エリキュースと比較して出血のリスクが有意に低いという結果を示しました。急性非心原性虚血性脳卒中発症後の患者や急性心筋梗塞発症後の患者を対象に行ったP2試験でも良好な安全性を示しています。進行中の2つのP3試験では40を超える国から最大3万人の被験者を組み入れる予定。順調にいけば2026年にも発売にこぎつける可能性があります。
ブリストルとJ&Jのmilvexianは、今年2月までに脳卒中を対象としたP3試験が始まる見込み。加えて、今年前半に急性冠症候群と心房細動でもP3試験を始める方針です。
バイエルのイグザレルトとブリストルのエリキュースは、特許切れと後発医薬品の参入が近づいており、両社はFXIa阻害薬をFXa阻害薬の後継品と位置付けています。バイエルはasundexianについてピーク時に年間50億ユーロを超える売り上げを期待しており、ブリストルもmilvexianが50億ドル超の製品になる可能性があるとしています。
アンソスが開発しているabelacimabは、FXIとFIXaの両方を阻害する抗体医薬。昨年5月からがん関連血栓症を対象にP3試験を行っていますが、今年1月に心房細動を対象としたP3試験を開始。欧米やアジアから、既存の抗凝固薬に適さないと判断された高リスク患者約1900人を登録する予定で、月1回の皮下注射をプラセボと比較して有効性・安全性を評価します。アンソスは、abelacimabを開発するために米投資会社ブラックストーンとスイス・ノバルティスが2019年に設立した企業です。