国内初のKRAS阻害薬として今月20日に承認を取得した「ルマケラス」。製造販売元のアムジェンは、薬価収載までの間、希望する患者に同薬を無償で提供する「倫理的無償供給プログラム」を行っています。どのような仕組みで行われているのか整理しました。
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「緊急の要望に応える」
アムジェンは1月20日、この日承認を取得したKRAS G12C阻害薬「ルマケラス」(一般名・ソトラシブ)について、薬価収載されるまでの間、必要とする患者に無償で提供する「倫理的無償供給プログラム」を行うと発表しました。同薬は、KRAS G12C変異陽性の非小細胞肺がんの2次治療を対象とする薬剤で、昨年5月に米国で世界初のKRAS阻害薬として承認を取得。日本では4月の薬価収載が見込まれます。
KRASは細胞増殖シグナルを伝達するRASタンパク質の一種。非小細胞肺がんで高頻度に見られるドライバー遺伝子で、米国では肺腺がんの約13%、日本では非扁平上皮がんの4.5%にKRAS G12C遺伝子変異が認められると報告されています。KRASは長らく、抗がん剤の標的として有望視されてきましたが、化合物が結合して作用できる構造に乏しく、“undruggable”(創薬が困難)だと考えられてきました。
治験参加施設で実施
KRAS G12C変異のある非小細胞肺がんのうち、免疫チェックポイント阻害薬を含むがん化学療法後に増悪した患者の2次治療以降の治療選択肢は限られており、アムジェンは「高いアンメット・メディカル・ニーズが存在する」と指摘。既存治療の予後は不良で、「患者の緊急の要望に応えるため」(同社)無償提供を行うとしています。
ルマケラスの無償提供は、同薬の臨床試験に参加した医療機関のうち、アムジェンと契約を結んだ施設で実施。▽承認された効能・効果、用法・用量に従って使用すること▽安全性情報の報告に協力すること――が条件で、無償提供は薬価収載の前日に終了します。
保険外併用療養費制度を活用
薬価収載前の薬剤の無償提供は「保険外併用療養費制度」の下で行われ、ルマケラスに限らずこれまでにもさまざまな薬剤で行われています。
過去には、初のALK阻害薬として2012年3月に承認された「ザーコリ」(ファイザー)や、免疫チェックポイント阻害薬の「オプジーボ」(小野薬品工業)、「キイトルーダ」(MSD)、「イミフィンジ」(アストラゼネカ)、「テセントリク」(中外製薬)、PARP阻害薬の「リムパーザ」(アストラゼネカ)、「ゼジューラ」(武田薬品工業)などで実施されており、多くががんを対象とする薬剤です。コンパニオン診断もあわせて無償提供するケースも多く、診断薬の保険適用までのラグを埋めるため、例えばノバルティスファーマの多発性硬化症治療薬「メーゼント」では、薬剤の発売と同時に遺伝子検査の無償提供が行われました。
保険外併用療養費制度は、特定の保険外診療について、保険診療との併用を認める制度。日本では原則、保険診療と保険外診療を併用する「混合診療」は禁止されており、併用した場合は通常、保険診療部分も含めて全額、患者の自己負担となります。一方、保険外併用療養費制度では、▽先進医療▽特別室への入院▽時間外診療▽180日を超える入院――などが保険診療との併用を認められており、保険外部分は全額自己負担となるものの、保険診療部分は7割が保険給付されます。「薬価収載前の承認薬の投与」も保険外併用療養費制度として認められており、収載前の無償提供はこの制度を活用しています。
倫理的・人道的な観点から発売前の医薬品にアクセスできる仕組みとしては、「人道的見地から実施される治験」(拡大治験、いわゆる日本版コンパッショネートユース)がありますが、こちらは未承認薬を対象としており、保険外併用療養費制度の下で行われる収載前の承認薬の提供とは異なります。拡大治験は2016年1月から運用が始まった制度で、持病など何らかの理由で臨床試験の参加基準を満たさない患者に対し、試験の枠組みの中で未承認薬を提供する仕組み。希望する患者は主治医を通じて臨床試験を行う企業に照会し、主治医と治験責任医師が組入れの可能性を検討した上で、最終的には企業が拡大治験の実施を決めます。
広く展開できないジレンマも
承認から薬価収載までは一般的に2カ月程度の期間があり、この間は販売されないため、承認された医薬品であっても普通は使うことができません。がんなど生命に関わる疾患の患者にとって2カ月という期間はシビアで、収載前の無償提供はそうした患者に少しでも早く治療薬を届けるという点で意義のある取り組みです。
一方、公正取引委員会の認定を受けた業界の自主基準である「医療用医薬品製造販売業における景品類の提供の制限に関する公正競争規約」では、医療用医薬品の選択や購入を誘引する手段として医療機関に対して医療用医薬品を無償で提供することは禁じられており、これに抵触しないよう、提供を治験参加施設に限るなど広く展開できないジレンマもあるといいます。有償にすれば多くの医療機関で提供できる可能性もありますが、全額自己負担となる収載前医薬品の価格を適切に設定するのも難しく、提供施設を限って無償で行われているのが現状です。