昨年、三菱ケミカルホールディングスの完全子会社となった田辺三菱製薬。3月3日、新体制となって初めての中期経営計画を発表しました。2期連続の営業赤字を見込むなど苦戦が続く中、成長の絵をどう描いたのでしょうか。
「プレシジョンメディシン」と「アラウンドピルソリューション」
田辺三菱製薬は、3月3日に発表した2021~25年度の中期経営計画で、「プレシジョンメディシン」と「アラウンドピルソリューション」を成長戦略の柱に据えました。「プレシジョンメディシンで最適な患者層に治療満足度の高い薬を届け、治療薬を起点に患者の困りごとに応えるアラウンドピルソリューションを展開する」。上野裕明社長は同日の記者会見でこう述べ、将来的には、これらを通じて収集した健康医療データを活用し、治療薬やソリューションの価値向上につなげていく考えを示しました。
プレシジョンメディシンの具体例として挙げたのが、赤芽球性プロトポルフィリン症と全身性強皮症を対象に開発しているメラノコルチン1受容体作動薬「MT-7117」(デルシメラゴン)です。赤芽球性プロトポルフィリン症では、プロトポルフィリンIX濃度やメラニン濃度といったバイオマーカーによる層別解析から、患者ごとに適切な用量選択ができるよう、臨床試験を実施中。全身性強皮症でも、バイオマーカーを使ってレスポンスが高い層を見出すことを臨床第2相(P2)試験で計画しているといいます。
一方、アラウンドピルソリューションでは、筋萎縮性側索硬化症(ALS)治療薬「ラジカヴァ」(注射薬)と「MT-1186」(ラジカヴァの経口薬)での取り組みを紹介しました。ALS患者の早期診断や治療継続を支援するソリューションを開発しており、治療薬を中心に予防、診断から重症化予防、予後までをサポートすることで、患者と家族のQOL向上に貢献したいとしています。
プレシジョンメディシンで特定の患者集団に治療薬を届け、それを起点にアラウンドピルソリューションを展開し、さらに別の患者集団へと広げていく。中計ではこうした戦略を描いており、上野社長は「『この疾患なら田辺三菱』と言われるような疾患を1つでも多くつくり、強みを築き上げていく」と語りました。
「プラス1000億円」どこで稼ぐか
田辺三菱は中計最終年度の数値目標を明らかにしていませんが、親会社の三菱ケミカルHDは2月に発表した中計で、25年度にヘルスケア事業で5000億円超の売り上げを目標に掲げています。同HDは22年度にMuse細胞を使った再生医療等製品の実用化を目指しているものの、25年度の時点では売り上げ規模としてはまだ小さく、5000億円の大部分は田辺三菱が稼ぎ出すことになります。
田辺三菱の21年3月期の業績予想は、売上収益3730億円(前期比1.8%減)、営業利益は625億円の赤字(前期は61億円の赤字)。多発性硬化症治療薬「ジレニア」のロイヤリティをめぐってスイス・ノバルティスと係争中で、ロイヤリティ収入の一部を売上収益に計上できなくなっている上、17年のニューロダーム(イスラエル)買収で獲得したパーキンソン病治療薬「ND0612」の開発が遅れ、20年4~9月期決算に845億円の減損損失を計上しました。2期連続の営業赤字に沈む見込みで、苦しい状況が続いています。
親会社の「ヘルスケア事業で5000億円超」を達成するには、田辺三菱が向こう5年で1000億円ほど売上収益を伸ばさなければなりません。国内は毎年の薬価改定で現状の3000億円を維持するのが精一杯。そうなると、プラスの1000億円は海外に求めるしかありません。
記者会見でこの点を問われた上野社長は「グローバルでP3試験に入っているものが4品目ある。これらを主体として、米国を中心に大きな成長を考えていきたい」と話しました。4品目(P3試験準備中の品目を含む)とは、▽ALS治療薬「MT-1186」(ラジカヴァの経口薬)▽パーキンソン病治療薬「ND0612」▽赤芽球性プロトポルフィリン症治療薬「MT-7117」▽新型コロナウイルスワクチン「MT-2766」――で、別途M&Aも視野に入れているといいます。
親会社とのシナジーは
海外展開の遅れは、田辺三菱の長年の課題です。17年には米国でラジカヴァを発売し、念願だった米国自社販売を開始しましたが、21年3月期の海外売上高比率は16.3%にとどまる予想で、今年度を最終年とする中計で目標に掲げた30%を大きく下回る見通しです。
成長のカギを握るMT-1186とMT-7117は22年度に発売予定で、ND0612は23年度に申請する予定。まずは、これらを遅れることなく、計画通りに仕上げていくことが重要になります。
親会社とのシナジーも課題です。三菱ケミカルHDとは完全子会社化後、「シナジー創出委員会」を立ち上げ、▽コーポレート▽事業▽DX(デジタルトランスフォーメーション)――の3つの切り口でシナジーを議論しています。事業シナジーの創出に向けては、すでに複数のプロジェクトが走り始めているといいますが、外からはまだ具体的なものは見えません。上野社長は「臨床試験を伴うものもあり、少し先にはなるが、製薬企業だけでは生み出せないような新たな概念のモノを生み出せたら」と話しました。
(前田雄樹)
【AnswersNews編集部が製薬企業をレポート】
・田辺三菱製薬