米国に本社を置くコンサルティング企業Decision Resources Groupのアナリストが、海外の新薬開発や医薬品市場の動向を解説する「DRG海外レポート」。欧州の医療機器に関する規制が大きな転換点を迎えています。来年5月に適用(新型コロナウイルスの影響で今年5月の適用開始が1年延期)される「欧州医療機器規則」(MDR)とは。
(この記事は、Decision Resources Groupが発行したレポート「Medtech Regulatory Dynamics 2020: 6 Big Regulatory Updates and Takeaways for Medtech Teams」の概要を日本語に翻訳したものです。レポートの詳細はこちら)
新型コロナの影響で適用開始は21年5月に延期
2017年5月、「医療機器指令」(MDD)に代わる新たな欧州の医療機器規制として「欧州医療機器規則」(MDR)が有効となった。MDRは2020年5月から適用が始まるはずだったが、新型コロナウイルス感染症の影響で1年延期され、2021年5月から適用開始となる予定だ。MDRは、1990年代の初頭に制定されたMDDの弱点を補い、欧州で流通するすべての医療機器の安全性・有効性を高めることを目的としている。
現行規制の問題点
現行の規制であるMDDは、▽体外診断用医療機器指令▽能動埋め込み型医療機器指令▽医療機器指令――の3つの指令で構成されている。MDDは1990年代初めに施行されて以来、30年にわたってその目的を果たし、欧州医療機器市場の発展に重要な役割を努めた。ただ、MDDには以下のようないくつかの問題点があり、技術革新の目覚ましい医療機器業界では、やや効果に欠けると判断された。
時代遅れ
MDDは、複合的な機器・製品や医療用ソフトウェアの技術開発(および技術開発により生じた規制上の課題)への対応が遅れている。
一貫性の欠如
MDDは「規則」でなく「指令」のため、加盟各国の国内法に優先するものではない。このため、各国での導入状況は一律ではなかった。
市販後のフォローがない
MDDの下では、承認後の継続的な臨床評価は義務付けられておらず、性能の追跡は有益または入手しやすい方法ではなされていない。
説明責任が限定的
医療機器の不具合や欠陥に対する賠償責任は、正規の製造業者だけにあり、部品の調達、製品の製造、流通、販売に至る一連の経路に関与するほかの企業は責任を問われない。このため、医療機器の供給に関与したほかの関係者の説明責任が欠如していた。
適合性機関(NB)への監視が不十分
NBは承認審査と承認に焦点を置いており、製造業者の産業パートナーとして振る舞い、機器の安全性や品質よりも承認を重視している。
2002年、Medical Device Expert Group (MDEG)は、MDDの複数の弱点を指摘する報告書を公表した。この報告書では、MDDによる規制の実行には、適合性評価の一貫性と信頼性、規制プロセスにおける透明性、市販後調査の実施など、多くの点で課題があることが明らかにされた。
報告書を受け、MDDには、臨床データの具体的な定義や適合性評価に関する追加の条文が加えられるなど、多くの修正が行われた。しかし、2010年にPIP社の胸部インプラント破裂事故が発覚し、メタル対メタル(MOM)人工関節インプラントの問題が発生すると、MDDのさらなる修正を求める圧力と新たな規則の制定を求める声が高まった。こうした経緯を経て、欧州委員会は2017年、MDRを承認し、発表することとなった。
規制の主な変更点と市場への影響
MDRは、医療機器として規制する対象の範囲を広げるとともに、国内法より優先される「規則」とすることで各国での一律の導入を狙うものだ。これによって、EU全域で医療機器に関する法的な枠組みが統一されることになる。
指令から規則へ
最も重要な変更の1つは、「指令」から「規則」に変わる点だ。指令には法的拘束力がなく、その導入形態は各国の判断に委ねられていたのに対し、規則には法的拘束力があり、施行時にEUのすべての加盟国に適用される。とはいえ、加盟各国には、国内市場を監視し、特定のハイリスク医療機器を禁止する余地も残されている。
この変更により、EU域内での規制の一貫性の欠如は改善されると予想される。企業にとっては、複数の国にわたる製品ポートフォリオの管理が容易になるだろう。ただし、各国には、ハイリスクの医療機器を禁止し、特別な登録を導入する権限があるため、特定の国でこうした医療機器に参入するのは一層難しくなる可能性もある。
適合性評価機関(NB)
MDRの下では、NBはより厳格なガイドラインに従って任務を遂行することになる。NBはこれまで、企業の産業パートナーとして活動してきたが、今後は適合性評価に加えて厳しい審査を行う。NBはMDRの下であらためて認定を受ける必要があり、認定後は非通知審査のほか、製造業者の品質管理や市販業調査システムを毎年審査し、評価しなければならない。さらに、高度な資格を持つスタッフの配置など厳格な基準を満たす必要があり、ハイリスク医療機器の臨床評価レポートを専門委員会に精査してもらうことも義務付けられる。
現行の規制の下で認定されているNBの中には、新たな規制で資格要件を満たすことができないと思われるものも少なくないため、NBの数は減少すると予想される。NBの認定プロセスは厳しくなり、時間もかかると考えられることから、特にMDRが適用された直後は、NB内の業務の遅れによって製品化が遅れる可能性がある。それでも、厳格なNBガイドラインは最終的に、安全かつ効果的で高品質の医療機器の誕生につながり、欧州市場に対する医師や患者の信頼感が強まるだろう。
定義とクラス分類
新たな規則では「医療機器」の定義が広がる。埋め込み可能で侵襲性の高い機器や、医療目的での使用を意図したソフトウェアのほか、医療目的ではないものの医療特性を持つ製品、医療機器を洗浄したり、消毒したり、滅菌したりする機器も含まれる。さらに、「付属品」もより広いカテゴリとなり、「機器の医学的機能を支援(補助)するもの」と定義された。一方、「単回使用医療機器」は「1人の患者に対して1回使用することを意図した機器」ではなく、「1回の処置に使用することを意図した機器」と定義が変更される。
クラス分類が変わる製品や、新たに規制の対象に加えられる製品があり、これが最も重要な変更点だと言える。MDRの適応の準備を進めている医療機器製造業者にとっては、製品戦略にも大きな影響が生じる可能性があり、注視することが必要だ。特に、クラス分類が変更されれば、追加の臨床的エビデンスの収集やCEマーキングの再申請、NBによる評価が求められる可能性がある。
例えば、椎間板置換インプラントは「クラスIII」に格上げされ、粘膜を通じて体内に浸透する機器や器具は「外科用侵襲機器」とみなされる。ハイリスクの医療機器は、専門家によるEUレベルでの市販前評価が求められることになる。
規制監視の強化
MDDでは5つの適合性評価ルートが用意されていたが、MDRでは3つのルートしかない。同等性を示す基準はより厳しくなり、技術的文書と臨床データの要件も強化される。
さらに、臨床評価と調査について、MDRは「1回限り・承認前」のアプローチから「ライフサイクル」アプローチへの移行を推進する。すなわちこれは、製造業者が厳格な市販後調査計画を作成し、市販後の性能をフォローアップし、定期的に安全性報告書を作成し、新たな要件を満たした技術文書を提出する必要がある、ということだ。
ハイリスク機器の場合は、とりわけ同等性の根拠として利用できる症例が少なく、クラスIIIの機器を用いた治験は、開始前に適用国と倫理委員会による承認が必要になる。クラスIIIと一部のクラスIIbの機器は、EUレベルの専門家委員会が審査することになる。
MDRが適用されると、すでに製品化された医療機器が今の地位を維持することは認められない。すべての製造業者は、既存の製品や開発中の機器がMDRに適合するよう、品質管理と文書作成に多くの時間と資源を費やすことになる。特定のタイプの機器では、製品化と開発にかかる費用が増大するだろう。
製造業者は、機器の長期的な性能を継続的に評価するため、臨床評価を実施しなければならず、承認後にかかる費用も上昇する。資格を持ったコンプライアンス専門家を見つけるのが難しい場合も考えられ、製品化に遅れが出ることも予想される。
こうした課題は、ハイリスク機器の製造業者にとっては、さらに深刻なものとなるだろう。ハイリスク機器には、計画、治験、承認取得に多くの資源が必要になるからだ。しかし、こうした変更は、製品化された機器の品質向上と、欠陥・有害事象リスクの低減につながる可能性があり、医療機器に対する患者と医師の評価は高まりそうだ。
説明責任メカニズムの拡大
MDRは、EU域外の製造業者に対し、欧州代理人(AR)の指名を義務付けている。代理人は、所轄官庁(CA)に技術文書や認証証明書といった必要書類を提出し、事故の報告をNBとCA、製造業者に対して行う。つまり、欧州外の製造業者にとってARは現地代理人とみなされ、欧州での法的責任を製造業者とともに負うことが要求される。また、第三者医療機器再加工企業は、再加工を行った医療機器の安全性に完全に責任を負うことになる。
MDRの下では説明責任が強化されることから、品質または書類上の懸念があった場合、ARが製造業者との関係解消を望むことが増える可能性がある。これによって、欧州域外の企業の参入が制限される可能性もあるが、輸入機器の品質は改善されるだろう。第三者再加工企業は減少するかもしれないが、それに伴って安価な再加工機器を減らすこともできそうだ。
再加工機器の規制が増えると、それ以外の製品に対する信頼が高まり、採用が増加するだろう。一方、MDRは製造業者に潜在的な法的責任に対する十分な経済的補償を提供する手段を持つよう求めており、製造業者が支払う保険料は上昇すると予想される。
トレーサビリティと透明性
MDRは、固有機器識別子(UDI)システムを欧州全域で使用することにより、市販後の安全性に関する活動の有効性を高め、偽造品の使用を阻止し、購買方針と在庫管理を改善し、電子カルテの強化を支援する。
この方針の下、ハイリスク機器の製造業者はMDRの適用日までに、その他のすべての機器もMDR適用日から5年以内に、各機器のUDIを整備しなければならない。加えて、製造業者は機器に関するすべてのデータをUDIデータベースに提出することが義務付けられる。MDRはさらに、機器や事業者、適合性評価、NB、認証、臨床試験、監視、市場庁舎に関する情報を照合して処理するため、公にアクセス可能な「欧州医療機器データベース」(EUDAMED)の利用を求めている。
UDIとEUDAMEDを使用することは、EU全域でさまざまな医療機器に対する医師と患者の認識を後押しする上で非常に重要だ。有害事象や合併症に関する認識が向上し、医師と患者は、市販後のイベントに関するデータや情報を考慮した上で治療の意思決定を行えるようになる。MDRは「製品に関する機密情報」を除外するためにUDIデータベースを使用することにしており、MDRの適用によって欧州での特許申請件数が増加する可能性がある。
MDR適用の総合的なインパクト
新たな規制により、製造業者はコストの増大と製品化の遅れに見舞われる可能性があり、市場からの撤退を迫られることも考えられる、しかし、最終的には、機器の安全性と有効性が高まり、欧州の医療機器市場の透明性も向上するだろう。
MDR適用による規制の変更は、欧州全域の製造業者に深刻な影響をもたらす。準備不足の企業も少なくなく、特に小規模の企業は、適用日までにMDRに対応できず、市場から締め出されてしまう可能性がある。適合に要する費用を上回る売り上げが確実な製品を優先するため、戦略の変更を迫られる企業もありそうだ。
世界的な視点で見た場合、MDRの適用によって欧州医療機器市場の魅力は低下する。MDDの場合、欧州市場への参入は米国ほど困難でないと考えられ、欧州は医療機器メーカーにとって確実な参入ポイントとみなされていた。しかし、MDRの下でこれまでのトレンドは逆転し、多国籍企業はまず、米国などほかの市場での製品発売を検討するようになるかもしれない。
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ディシジョン・リソーシズ・グループ日本支店
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