医薬品を「適切な場所に」「適切な量を」「適切な時間作用する」よう届けるドラッグデリバリーシステム(DDS)。薬剤の効果を最大限に引き出し、副作用を低減させる上で欠かせない技術です。中でも長年にわたって研究開発が行われてきたのが、ナノテクノロジーを活用したDDS技術。遺伝子治療や核酸医薬の登場で注目が高まる「ナノDDS」開発のいまを追いました。
「適切な場所に」「適切な量を」「適切な時間作用」
近年、国内外で開発が活発化している遺伝子治療薬や核酸医薬。この分野では今年すでに、アステラス製薬が遺伝子治療薬を手掛ける米オーデンテス・セラピューティクスを買収し、スイス・ノバルティスもsiRNAを開発する米メディシンズ・カンパニーを買収しました。国内外の大手製薬会社が食指を動かすこの分野で、製品化の肝となるのがドラッグデリバリーシステム(=DDS、薬物送達システム)です。
DDSは製剤技術の1つ。医薬品の有効成分を、適切な場所に、適切な量を、適切な時間作用するように届ける技術です。治療効果を高めることはもちろん、副作用を軽減したり、より簡単に投与できるようにしたり、投与の回数を少なくしたりと、さまざまな目的で使われます。
DDSとしてよく知られているのは「放出制御製剤」(コントロールドリリース製剤)。有効成分が体内で溶け出す速度をコントロールする技術で、長い時間効果を発揮させるとともに、血中濃度の上昇を緩やかにして副作用を抑えることができます。「ペグ修飾」や「マイクロカプセル」なども作用時間を伸ばす技術。副作用を軽減したり、体内での吸収を改善したりするために、体内で代謝されてはじめて薬効を示す「プロドラッグ」も代表的なDDSの1つです。
次世代の抗体医薬として注目される抗体薬物複合体(ADC)もDDSの一種。ADCは抗体に低分子医薬品を結合させたもので、薬剤を運ぶ「キャリア」として抗体を使うことによって標的とする細胞に薬剤を届けます。
遺伝子を投与することで患者の体内で目的とするタンパク質を発現させる遺伝子治療では、アデノ随伴ウイルスやレトロウイルスといったウイルスベクターがキャリアとして用いられます。アステラスが買収したオーデンテスはアデノ随伴ウイルスを使って遺伝子治療薬を開発・製造する独自技術を持っており、X染色体連鎖性ミオチュブラー・ミオパチー治療薬「AT132」は臨床第2相(P2)試験に入っています。
高分子ミセルやリポソーム製剤が臨床段階
DDS技術の中でも長年注目されてきたのが、ナノテクノロジーを活用した「ナノDDS」です。リン脂質などをカプセル状にした微粒子に薬剤を内包した「リポソーム製剤」はすでに実用化されており、高分子ミセルが開発段階にあります。
バイオベンチャーのナノキャリアは、水に溶けやすいポリエチレングリコールと水に溶けにくいポリアミノ酸からなる「ミセル化ナノ粒子」を開発。30~100ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)の微粒子が疾患部位に集中し、薬物の放出をコントロールすることで薬効と安全性を高めるといいます。
ナノキャリアはこのミセル化ナノ粒子に抗がん剤を内包した製剤の開発を進めており、▽パクリタキセルを内包した「NK105」▽シスプラチンを内包した「NC-6004」▽エピルビシンを内包した「NC-6300」――を開発しています。
ただし、開発の道のりは平坦ではなく、NK105は1度、乳がんを対象としたP3試験に失敗し、内容を見直して改めてP2試験を開始。NC-6004は膵がんを対象とするゲムシタビンとの併用療法のP3試験を完了していたものの、昨年12月に「標準療法でゲムシタビンが第一選択薬でなくなった」として承認申請を行わないと発表しました。NC-6004は現在、頭頸部がんを対象にP2試験を進めています。
ナノキャリアはこのほか、ADCに低分子医薬品ではなくミセル化ナノ粒子を搭載した「ADCM」が基礎研究段階にあり、この技術のプラットフォーム化を急いでいます。前臨床段階ではこのほか、LTTバイオファーマが「ステルス型ナノ粒子」技術でプロスタグランジン製剤をナノ粒子化した薬剤を、慢性動脈硬化症や肺動脈性肺高血圧症を対象に開発中です。
リポソーム製剤では、富士フイルムやエーザイが抗がん剤を開発しています。富士フイルムは特にこの分野に力を入れており、国内初となる商業生産に対応したリポソーム製剤工場を今月から稼働させる予定。エーザイは自社創製の抗がん剤「ハラヴェン」(一般名・エリブリン)のリポソーム製剤を開発しています。
近年相次いで登場している核酸医薬でもリポソーム製剤の開発が進んでいます。核酸医薬は次世代の医薬品として期待されている一方、体内で分解されやすく、細胞内に取り込まれにくいといった課題があり、これを解決する手段の1つとしてリポソームが活用されています。
日東電工が開発し、米ブリストル・マイヤーズスクイブに導出したsiRNA「HSP47/ND-L02-s0201」もリポソーム製剤。同薬は現在、ブリストル主導で線維症を対象としたP2試験が行われています。米アルナイラムが世界初のsiRNAとして開発した「オンパットロ」(パチシラン)もリポソーム製剤です。
アルナイラムが開発中のgivosiran(米国では「Givlaari」の製品名で昨年11月に承認)は、siRNAに送達性を高めるためにN-アセチルガラクトサミン(GalNAc)を結合したコンジュゲート医薬。ノバルティスがメディシンズ買収で獲得したinclisiranも同様で、世界的にも開発が増えてきているといいます。日本企業でも、アステラス製薬がナパジェンファーマ と核酸医薬-ジソフィラン(多糖類)複合体の共同開発を行っています。
最新の研究動向は
LINK-J(ライフサイエンス・イノベーション・ネットワーク・ジャパン)と米カリフォルニア大サンディエゴ校(UCSD)が1月に都内で開いたシンポジウムでは、日米の研究者がナノDDSの最新の動向を紹介しました。
同シンポジウムに登壇した片岡一則・川崎市産業振興財団ナノ医療イノベーションセンター長/東京大未来ビジョン研究センター特任教授と宮田完二郎・東大大学院工学系研究科准教授は、アンチセンス核酸を内包したミセルに安定化構造を加えることで、血中で安定し、細胞内で核酸を放出するシステムを共同で開発したことを発表しました。
この技術はアカデミア発ベンチャーのアキュルナが実用化に向けた開発を行っています。ナノキャリアの「高分子ミセル」の開発者でもある片岡教授は、同技術で「まずはトリプルネガティブ乳がんを対象に20年2月に臨床試験を開始する」と明らかにしました。アキュルナは19年8月にアステラス米子会社のアステラス・イノベーション・マネジメントと、同社のDDS技術をmRNAに応用する実証研究契約を締結。短鎖核酸(siRNAやアンチセンスなど)と長鎖核酸(mRNA)の両方で開発を目指しています。
UCSDナノ工学・生物工学・化学工学教授のリャンファン・ジャン教授は、高分子ミセルなどのナノ粒子を細胞膜でコーティングする技術について紹介。薬剤を内包した微粒子を細胞膜で覆うことにより、免疫システムに邪魔されることなく薬剤を届けることができるようになると話しました。赤血球や白血球、がん細胞など、薬剤を届けたい部位に応じてコーティングする細胞を変えることで、幅広い疾患に活用できる可能性があるといい、実用化に向けた研究開発を進めています。
(亀田真由)