がん免疫療法を注力分野の1つに位置付け、経営資源を積極投入しているアステラス製薬。国内外の大手製薬会社がひしめく最激戦区で勝算はあるのか。安川健司社長CEOが語りました。
「まだまだアンメットニーズが残る領域」
「免疫チェックポイント阻害薬の登場でがん治療にパラダイムシフトが起こっているが、単剤投与で反応する患者は20%だけ。まだまだアンメットメディカルニーズが残る領域だ」
アステラス製薬の安川健司社長CEO(最高経営責任者)は昨年12月、同社が開いたR&D説明会で、がん免疫分野に対する現状認識をこう語りました。がん免疫はアステラスの重点研究開発領域(プライマリーフォーカス)の1つ。現在、臨床試験の初期段階に5つの新薬候補があり、これらの開発に経営資源を積極的に投入しています。
がん免疫療法は文字とおり、免疫の仕組みを利用してがんを攻撃する治療法。主なものには▽免疫チェックポイント阻害薬▽CAR-T細胞療法▽腫瘍溶解性ウイルス▽がんワクチン――などがあり、免疫チェックポイント阻害薬「オプジーボ」「キイトルーダ」やCAR-T細胞療法「キムリア」などがその代表格です。
市場は20年に前年比5700億円拡大
がん免疫は今や世界で最も開発競争が激しい分野となっており、世界で初めて免疫チェックポイント阻害薬を製品化した米ブリストル・マイヤーズスクイブのほか、スイス・ロシュや同ノバルティス、米メルク、英アストラゼネカといった欧米の大手製薬企業が続々と参入。日本企業でも、「オプジーボ」を手掛けた小野薬品工業に加え、武田薬品工業や大塚製薬などが開発に乗り出しています。
市場拡大も著しく、英国の調査会社エバリュエートファーマによると、2020年の抗PD-1/PD-L1抗体市場は前年から52億ドル(約5700億円)拡大する見通し。中でも、メルクの「キイトルーダ」の売上高は前年比32.9億ドル増の139億ドル(約1兆5290億円)に達すると予想されています。
「ユニークな薬剤で勝機」
一方、アステラスががん免疫への取り組みを本格化させたのは、米ポテンザ・ファーマシューティカルズと共同研究開発契約を結んだ2015年から。後発ではありますが、安川社長は「新しい作用機序の薬剤で免疫サイクルのユニークなところを標的としており、勝機はあると思っている」と言います。
ポテンザとの共同研究では、▽新規免疫チェックポイント阻害薬「ASP8374」(抗TIGIT抗体)▽制御性T細胞の免疫抑制活性を抑えることで免疫細胞を活性化する「ASP1948」(抗NRP1抗体)▽免疫細胞の共刺激シグナルを増強してがん細胞への攻撃力を高める「ASP1951」(GITRアゴニスト抗体)――を創出。18年にはポテンザを買収し、アステラスはこれら3品目を手に入れました。いずれも現在、単剤と抗PD-1抗体併用の臨床第1相(P1)試験を実施中です。
鳥取大から開発・商業化権を獲得した「ASP9801」は、サイトカイン(IL-17とIL-12)を搭載した腫瘍溶解性ウイルス。ウイルスが直接がんを破壊するのに加え、IL-7とIL-12の分泌によってT細胞を増殖・活性化させます。理化学研究所からライセンスインした「ASP7517」は、糖脂質とがん抗原を搭載した改変ヒト細胞で、新規のがんワクチンとして開発。抗原特異的T細胞を誘導することで獲得免疫を活性化させるとともに、糖脂質がナチュラルキラーT細胞を介して自然免疫を活性化させます。
ASP9801は日本、米国、中国で同時開発する予定で、現在P1試験を行っている米国に続き、日本と中国でも臨床試験を準備中。ASP7517は日本でP1/2試験を行っており、今後は開発地域をグローバルに広げる方針です。
「組み合わせで有効性向上」
細胞療法への取り組みも強めており、昨年12月にはCAR-T/CAR-NK細胞と抗体-リガンド融合タンパクを組み合わせた治療法を開発する米ザイフォス・バイオサイエンシズを買収。今年1月には米アダプティミューン・セラピューティクスと提携し、米子会社ユニバーサル・セルズのユニバーサルドナー細胞を使った多能性幹細胞由来他家CAR-T/TCR-T細胞療法の開発に乗り出しました。
「今のがん免疫療法の課題は、腫瘍浸潤リンパ球が少なく免疫反応が起こりにくい『Cold tumor』を『Hot tumor』に変えていかに免疫療法に反応させるか。目指すゴールは、既存のがん免疫療法と異なる薬剤を創出し、さまざまながん治療薬と組み合わせることで有効性を向上させることだ。がん免疫サイクルのひとつひとつを十分検討し、そこに薬剤開発の余地がないか検討している」
安川社長は説明会で、がん免疫分野の研究開発の方向性についてこう話しました。臨床段階にある5品目のほかにも、前臨床で免疫細胞をがん細胞に誘導する二重特異性抗体などを開発中。併用療法を含む多様なアプローチで、がん免疫の分野を切り開いていく構えです。
投資は「かなりヘビー」だが「開発費の心配はない」
パイプラインが充実してきたことで、アステラスのがん免疫への研究開発投資は「かなりヘビーになる」(同社)見込み。安川社長は「経営会議でもしょっちゅう担当者に『本当にこれだけこなし切れるのか』と聞いているが、いつも『大丈夫だ』と言われるのでそれを信じている。費用がかさむということは有効性が確認されたということなので、積極的に投資をしようと思うし、有効性が確認されれば他社からの共同開発のアプローチもあると思う」とし、「今は開発費の心配していない」と話します。
ただ、がん免疫の分野では、併用療法も含めて相当な数の臨床試験が世界中で行われています。被験者の確保が難しくなっていると言われ、開発コストも膨らみがちです。
安川社長は「がん免疫は、将来にわたってがん種ごとに試験をやって承認をとっていくようなものなのか。各国とも薬剤費を圧縮したいわけだから、開発費の圧縮に理解をしてほしい」と訴え、「ひとつのがん種で有効性が承認されれば条件付き承認をもらい、そこからリアルワールドデータで適応拡大が認められるような世の中が来てほしいと思っている」と話しました。
(前田雄樹)