平成が終わり、令和の時代を迎えた2019年。いろいろあった今年の製薬業界を2回に分けて振り返ります。
ブリストル8兆円、アッヴィ6.9兆円
米ブリストル・マイヤーズスクイブが740億ドル(約8兆700億円)で米セルジーンを買収する――。2019年の製薬業界は、過去最大級の規模となる巨額買収のニュースで幕を開けました。1月3日、両社が買収合意を発表すると、同7日に米イーライリリーが米ロキソ・オンコロジーを80億ドル(約8700億円)で買収すると発表。同8日には武田薬品工業がアイルランド・シャイアーの買収を完了し、新年早々から大型M&Aが続きました。
M&Aは日常茶飯事と言っても過言ではない製薬業界ですが、今年は特に大型案件の多い1年でした。6月には米アッヴィがアイルランド・アラガンを630億ドル(約6兆8700億円)で買収することで合意。米ファイザーも同月、米アレイバイオファーマを114億ドル(1兆2400億円)で買収すると発表しました。
がん領域強化、新規モダリティ獲得
今年のM&Aで目立ったのは、市場拡大の著しいがん領域の強化や、遺伝子治療薬や核酸医薬といった新たなモダリティの取り込みを狙った買収です。
イーライリリーが買収したロキソは、遺伝子変異に着目した臓器横断型の抗がん剤を開発している企業です。ファイザーは、大型化が期待されるアレイのBRAF阻害薬「ビラフトビ」とMEK阻害薬「メクトビ」で製品ラインナップを拡充。年末には、米メルクが抗がん剤開発の米アーキュールを、仏サノフィががん免疫療法を手掛ける米シンソークスを買収すると発表しました。
新たなモダリティをめぐっては、スイス・ロシュが遺伝子治療薬「ラクスターナ」を開発した米スパーク・セラピューティクスの買収で合意。アステラス製薬は神経筋疾患を対象に遺伝子治療薬を開発する米オーデンテス・セラピューティクスを買収すると発表しました。スイス・ノバルティスは核酸医薬を手掛ける米メディシンズ・カンパニーを買収し、コレステロール低下作用を持つsiRNAを獲得します。
後発品に再編機運、リストラも相次ぐ
国内に目を向けてみると、10月には消費増税に伴う薬価改定で平均2.4%の薬価引き下げが行われました。年末には中央社会保険医療協議会(中医協)で来年4月の薬価制度改革の骨子が決定。焦点となっていた新薬創出・適応外薬解消等促進加算の見直しは小幅にとどまり、製薬業界の主張はなかなか理解を得られませんでした。
18年度の薬価制度抜本改革を機に再編の機運が高まる後発医薬品業界では、3月末に富士フイルムファーマが解散し、4月にはエーザイが後発品子会社エルメッドエーザイを手放しました。外資系後発品メーカーが日本から撤退する動きも出始め、インド・ルピンは傘下の共和薬品工業を投資ファンドのユニゾン・キャピタルに売却することで合意。南アフリカのアスペンも日本事業を独サンドに売却すると発表しました。
後発品の数量シェアは今年9月時点で約76.7%と政府目標の80%まであとわずか。目標達成後は市場の停滞が予測され、21年度から始まる薬価の毎年改定も後発品メーカーにとって大きなダメージとなります。事業環境の悪化をにらんだ撤退・再編の動きは来年も続きそうです。
上場製薬1750人が早期退職
一方、新薬メーカーでは今年もリストラが相次ぎました。米ギリアド・サイエンシズへの抗HIV薬の販売権返還で窮地に陥った鳥居薬品のほか、中外製薬や協和キリン、アステラス製薬、エーザイが早期・希望退職を実施。5社合わせて約1750人が会社を去ったほか、いくつかの外資系企業でも人員削減が報じられました。
MR認定センターが8月に公表したMR白書によると、今年3月末時点の国内のMR数は5万9900人(前年同期比2533人減)と9年ぶりに6万人を下回りました。MRをめぐっては、4月に厚生労働省の「医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン」が運用を開始。MRの削減傾向が強まる中、活動の幅も狭まったことでMRには将来への不安が広がりました。
原薬問題がクローズアップ…談合疑惑、薬価制度に影
原薬をめぐる問題も大きくクローズアップされました。
3月には、異物混入に端を発した世界的な原薬供給不足により、日医工が抗菌薬「セファゾリン」の供給を停止。11月から段階的に供給を再開しましたが、医療現場に大きな影響を与えました。
9月には、欧米でH2受容体拮抗薬ラニチジンの製剤と原薬から微量の発がん性物質(N-ニトロソジメチルアミン=NDMA)が検出されたことを受け、厚生労働省がラニチジンとその類縁化合物ニザチジンを製造販売する15社にNDMAの分析を指示。同月以降、ラニチジンは製造販売する全11社が、ニザチジンは2社が自主回収を行う事態となりました。3月には沢井製薬の胃炎・胃潰瘍治療薬「エカベトNa顆粒」にドーピング禁止薬物のアセタゾラミドが混入していたことも発覚。こちらも自主回収を余儀なくされました。
原薬に起因する不信感を払拭しようと、後発品メーカーの間では今年、原薬の製造国に関する情報を公開する動きが広がりました。日本ジェネリック製薬協会によると、今年11月現在で30社がホームページで原薬製造国を公開しています。
価格カルテルにもメス
大手医薬品卸4社による談合疑惑も影を落としました。公正取引委員会は11月、独立行政法人「地域医療機能推進機構」が発注した医薬品の入札で受注調整を行った疑いが強まったとして、メディセオ、アルフレッサ、スズケン、東邦薬品に強制調査に入りました。公取委は検察当局への刑事告発も視野に調査を進めるといいます。12月上旬に中央社会保険医療協議会(中医協)総会に報告された薬価調査の結果から談合が疑われる取引が除外されるなど、波紋が広がりました。
公取委は製薬メーカーの価格カルテルにもメスを入れ、1月には炭酸ランタン水和物OD錠の後発品の販売で価格カルテルを結んだ疑いで日本ケミファとコーアイセイに立ち入り検査を実施。コーアイセイには排除措置と課徴金の納付が命じられました。7月には高血圧症治療薬「カルバン」の販売でもカルテルの疑いが発覚。日本ケミファと鳥居薬品に立ち入り検査を行いました。
メーカーと卸、そして医療機関・薬局はそれぞれ厳しい経営環境に直面しています。談合やカルテルは正当化できるものではありませんが、業界が抱える構造的な問題にも目を向けていく必要があるでしょう。
日本医薬品卸売連合会(卸連)は4社の談合疑惑を受け「コンプライアンスの徹底と医薬品の安定供給などを通じて信頼回復を図る」とのコメントを発表しました。卸の信頼を失墜させた談合疑惑は、来年本格化する毎年薬価改定の制度設計をめぐる議論にも影響を与えそうです。
(前田雄樹)
製薬業界 回顧2019[2]はこちら