次世代の抗体医薬として研究開発が盛んに行われている抗体薬物複合体(ADC)。これまで欧米勢が先行していましたが、第一三共が大型化を期待するトラスツズマブ デルクステカンを日米で申請し、アステラス製薬もエンホルツマブ ベドチンを米国で申請しました。第一三共がADCに投資を集中させる一方、アステラスはがん免疫療法などの新治療にシフト。塩野義製薬はペプチドの活用に向けた研究開発に乗り出すなど、戦略は別れています。
DS-8201 正味現在価値は1兆円
91億1100万ドル――。英国の調査会社エバリュエートは、第一三共が開発中の抗体薬物複合体「DS-8201」(一般名・トラスツズマブ デルクステカン)の正味現在価値を日本円にして約1兆円規模とはじきます。同社は今年6月に発表したレポート「World Preview 2019, Outlook to 2024」で、DS-8201を世界中の製薬企業のパイプラインの中で3番目に価値の高いプロジェクトと評価。がん領域では世界で最も価値の高いプロジェクトに格付けられました。
抗体薬物複合体(ADC)は、抗体に低分子医薬品を結合させたもの。ADCに搭載する低分子医薬品を「ペイロード」、抗体とペイロードをつなぐ部分を「リンカー」と呼びます。標的特異性の高い抗体を“運び屋”として使い、活性の強い薬剤を標的細胞に直接届けることで、高い効果と副作用の低減を狙っています。
DS-8201は、抗HER2抗体トラスツズマブに新規のDNAトポイソメラーゼI阻害薬を結合させた第一三共創製のADC。▽リンカーの安定性が高い▽従来のADCに比べて多くのペイロードを搭載できる▽ペイロードが強力――などが特徴です。
第一三共は25年度にがん事業で5000億円超の売り上げを目指しており、DS-8201をその柱と位置付けています。エバリュエートは先に触れたレポートで、2024年の同薬の売上高を17億9000万ドル(約1933億円)と予測。ピーク時の売上高は7000億円とも8000億円とも言われます。
日米で承認申請、来年市場に
第一三共はDS-8201を今年9月に日本で、10月には米国で承認申請しました。適応は「HER2陽性乳がん」で、米FDA(食品医薬品局)は審査終了目標日を20年度第1四半期(4~6月)に設定。順調にいけば、来年、日米で承認を取得し、発売となる見通しです。
現在、国内では4つ、世界では6つのADCが承認されていますが、これらはすべて欧米企業が創製したもの。承認されれば、DS-8201は初めての日本発のADCとなります。第一三共はDS-8201の開発・販売で英アストラゼネカと提携しており、乳がんのほか▽胃がん▽大腸がん▽非小細胞肺がん――など、複数のがん種を対象に開発を加速。日本で先駆け審査指定制度の対象に指定されている胃がんの適応でも、来年の承認・発売を予定しています。
日本企業ではさらに、アステラス製薬が米シアトルジェネティクスと共同開発したネクチン-4を標的とする「ASG22ME」(エンホルツマブ ベドチン)を米国で申請中。尿路上皮がんが対象で、グローバルでの申請に向けた臨床第3相(P3)試験も進行中です。
楽天メディカル 光免疫療法のP3
楽天グループの楽天メディカルは、日本人研究者が開発した光免疫療法「RM-1929/ASP-1929」の頭頸部がん対象のグローバルP3試験を実施中。抗EGFR抗体セツキシマブにIR700と呼ばれる色素を結合させたもので、投与後に体外から赤色光を当てるとIR700が活性化され、がん細胞を破壊します。
エーザイは、抗葉酸受容体α抗ファルレツズマブに、自社創製の抗がん剤エリブリン(製品名・ハラヴェン)を結合させた「MORAb-202」を開発。葉酸受容体αはトリプルネガティブ乳がんなどの治療標的となり得る分子で、現在、日本で固形がんを対象にP1試験を行っています。
分かれる戦略
第一三共は複数のADCを手掛けており、現在、
▽DS-8201(抗HER2 ADC)
▽U3-1402(抗HER3 ADC)
▽DS-1062(抗TROP2 ADC)
▽DS-7300(抗B7-H3 ADC)
――の4品目で臨床試験が進行中。18~22年度の5年間でADCの研究開発に1兆1000億円規模の資金を投じるほか、治験薬と製品の生産拡大に向けて20~22年に1000億円を超える追加の設備投資を行う方針です。
一方、アステラスはADCへの投資を縮小。パイプラインにはASG22MEとASP1235の2品目がありますが、同社のADC研究で中心的な役割を担ってきた米子会社アジェンシスの研究活動を17年度に終了させました。ADC以外の新技術・新治療手段に投資を振り向けており、現在はがん免疫療法の開発を活発化。18年の米ポテンザ・セラピューティクス買収で獲得した免疫チェックポイント阻害薬や、鳥取大との共同研究で創出した腫瘍溶解性ウイルスなどで初期の臨床開発を進めています。
ADCの対象はがんに限らず、米アッヴィは抗TNFα抗体「ヒュミラ」(アダリムマブ)にステロイドを結合させたADCを開発。関節リウマチを対象にP1試験を行っています。抗体ではなくペプチドを使った「ペプチド薬物複合体(PDC)」の研究も進んでおり、塩野義製薬とペプチドリームは脳を標的としたPDCの共同研究を進めています。
(前田雄樹)