腎性貧血治療薬市場が、一気にレッドオーシャンの様相を呈してきました。協和キリンが「ネスプ」のオーソライズド・ジェネリック(AG)を発売。次世代治療薬として期待されるHIF-PH阻害薬も今年以降、5製品が相次いで発売となる見通しです。
ネスプAGが発売 バイオシミラーも11月参入へ
国内に約1300万人の患者がいるとされる慢性腎臓病(CKD)。その代表的な合併症である腎性貧血治療薬の市場が、大きな転換点を迎えています。
引き金となるのが、この領域で最大の売り上げを誇る赤血球造血刺激因子製剤(ESA)「ネスプ」の特許切れ。製造販売元の協和キリンは8月5日、子会社・協和キリンフロンティアを通じて、ネスプのオーソライズド・ジェネリック(AG)「ダルベポエチン アルファ『KKF』」を発売しました。同薬は昨年8月に承認され、今年6月に先行品の7割の薬価で収載。国内では初めてとなるバイオ医薬品のAGです。
ネスプは2018年に537億円を売り上げた協和キリンの最主力品。中外製薬の「ミルセラ」(18年売上高231億円)を合わせると、国内のESA市場は約800億円に上ります。
JCRファーマと三和化学研究所が申請中
ネスプは今年特許切れを迎えるため、複数の企業バイオシミラーの開発を進めてきました。透析医療の診療報酬はESAなどの薬剤含めて包括化されており、バイオシミラーへの切り替えが急速に進むと言われています。安い薬を使った方が医療機関の利益になるからで、協和キリンがこれまで例のないバイオのAGを投入したのもそこに理由があります。
ネスプをめぐっては昨年9月、JCRファーマと三和化学研究所がバイオシミラーの承認を申請。順調にいけば今年11月に薬価収載される見通しです。このほか、YLバイオロジクスも臨床第3相(P3)試験を進めています。
市場は今後、先行品からの切り替えをめぐってAGと複数のバイオシミラーが競合する構図となりますが、圧倒的に有利なのはAGです。
バイオシミラーは先行品と同等・同質であるものの、全く同じモノではありません。一般の後発医薬品以上に不安を持つ医療従事者が多いとされ、原薬・添加物・製造方法が同じAGが選ばれるであろうことは想像に難くありません。バイオシミラーは市場でかなりの苦戦を強いられることが予想されます。
HIF-PH阻害薬 2品目が申請中、3品目がP3
もう1つ、競争激化の要因となるのが、新規作用機序の薬剤であるHIF-PH(低酸素誘導因子プロリン水酸化酵素)阻害薬の登場です。5品目が開発競争を繰り広げる中、1番乗りで申請にこぎ着けたロキサデュスタット(アステラス製薬)は年内の承認が見込まれています。
HIF-PH阻害薬は、高地などの低酸素状態に人体が適応する生理的な反応を活性化させる薬剤。細胞への酸素の供給が不足した時に誘導されるエリスロポエチン転写因子「低酸素誘導因子(HIF)」を安定化させ、エリスロポエチンの産生を増やすとともに、鉄の利用効率を高めて赤血球の産生を増やし、貧血を改善します。
HIF-PH阻害薬は経口剤で、注射のESAに比べて患者の負担が小さいのがメリット。まずは、注射が特に負担となる透析導入前の「保存期」の患者(透析実施中の「透析期」では透析回路を通じて投与できるので、注射剤であることの負担はほぼない)や、ESAで効果が得られない患者で使用が進むと予想されます。
ファースト・イン・クラスはアステラスのロキサデュスタットとなる見通しですが、このまま市場でもリードできるかというと、そうとは限りません。ロキサデュスタットが申請しているのは「透析期」(透析実施中)の適応で、経口剤がメリットを発揮する保存期での申請は20年度までに行われる予定。一方、2番手で今年7月に申請した田辺三菱製薬のバダデュスタットは、保存期・透析期の両方を申請しました。
保存期・透析期両方の試験結果をもってダプロデュスタットを年内に申請予定のグラクソ・スミスクラインは昨年11月、協和キリンと同薬の販売で提携を結びました。流通・販売を協和キリンが行い、両社共同で情報提供活動を行う予定です。ネスプの販売で腎領域の経験が豊富な協和キリンと組むことで、参入の遅れを挽回できる可能性は十分あります。
HIF-PH阻害薬は、臓器保護など多面的な効果が期待される一方、血管新生が促されることで、がんや網膜症を悪化させてしまうとの懸念もあります。ESAとHIF-PH阻害薬のどちらが腎性貧血治療の主流となるかは、使用経験を積み重ね、エビデンスが蓄積される中で定まっていくでしょう。
最大製品であるネスプの特許切れで、一気にレッドオーシャン化しそうな腎性貧血治療薬市場。ネスプに代わるのは、AGなのか、それともHIF-PH阻害薬なのか。HIF-PH阻害薬ならどの薬剤なのか。市場の動向に注目が集まります。
(前田雄樹)