製薬企業の間で、「秘中の秘」とも言える化合物ライブラリーを外部に開放し、相互に利用する動きが活発になってきました。
アステラス製薬と田辺三菱製薬、第一三共の3社は、「ドラッグリポジショニング」による新薬創出を目指し、開発中止となった化合物のライブラリーを共同で構築。競合と相互利用を始めた企業もあるほか、20社以上が提供するライブラリーを使った国家レベルのプロジェクトも始まっています。新薬開発が難しくなり、開発コストも上昇している昨今。各社が共通して抱く危機感が、オープンイノベーションを後押ししています。
3社がタッグ 開発中止の化合物ライブラリーを開放
アステラス製薬と田辺三菱製薬、第一三共は10月11日、3社が開発を中止した化合物を集めた化合物ライブラリーを使い、共同で新薬探索プログラムを行うと発表しました。
プログラムの名称は「JOINUS」(Joint Open INnovation of drUg repoSitioning)。構築したドラッグリポジショニング化合物ライブラリーは、大学や公的研究機関、ベンチャーを含む企業などに提供。in vitro(試験管や培養器などの中で、ヒトや動物の細胞を使って生体内と同様の環境を人工的に作って薬物の反応を検出する試験)の評価系で評価してもらい、新薬開発につなげたい考えです。
研究機関を公募
3社はドラッグリポジショニング化合物ライブラリーをプログラムに応募した研究機関に提供。11月まで募集し、選考を経て契約となれば、そこから1年以内でライブラリーを提供することになっています。研究資金の提供は行いません。
ドラッグリポジショニングは、既存の医薬品や開発段階で頓挫した化合物を、当初の想定とは異なる疾患の治療薬として開発する手法。ここ数年、国内外問わず製薬企業の間で取り組みが活発化しています。
今回3社がライブラリーに集めたのは、開発中止となったものの非臨床試験で薬理活性が認められており、基本的な安全性も確認された化合物。3社は「新しい薬効評価系で活性が認められた場合、従来の創薬と比べて短期間で臨床試験まで進められる」と期待します。
オープンイノベーションを重視
製薬各社は数十万種類に及ぶ化合物ライブラリーを持っており、それをスクリーニングにかけて標的分子に対する活性を持つ化合物を選び出すのが一般的な創薬の手法です。新薬のタネがつまっているだけに、化合物ライブラリーはまさに「秘中の秘」。従来は外部に提供することなど考えられませんでした。
ところが、新薬開発が難しくなってきたことで、製薬会社の考え方も変化。外部との連携で新薬創出を目指す「オープンイノベーション」が重視されるようになり、化合物ライブラリーを企業間で相互に利用する動きが出てきました。
アステラスは14年、第一三共と、交換可能な40万化合物を対象に化合物ライブラリーを相互利用する提携契約を締結。16年には田辺三菱とも同様の契約を結びました。エーザイも14年、抗菌薬の創出を目指して杏林製薬に化合物ライブラリーを提供しています。
世界でも動き
英アストラゼネカと仏サノフィが15年、両社の持つ化合物21万個を交換するなど、こうした動きは世界的にも活発です。英グラクソ・スミスクラインは09年にマラリア、12年には結核に活性を持つ自社のすべての化合物を公開。顧みられない熱帯病向けの新薬開発など、国際的な枠組みの中でライブラリーを共有する取り組みも行われています。
新薬開発の難易度が上がり、かかる費用も上昇する中、創薬をいかに効率化するかは製薬企業にとって大きな課題です。
「当社は化合物ライブラリーを強化することに注力してきたが、交換により自社のライブラリーの多様性を大幅に増やすことが可能になる。最も重要なのは、これによって新薬になり得るユニークな出発点の同定がより早くできるようになることだ」
アストラゼネカの研究・早期開発担当エグゼクティブバイスプレジデントのメネ・パンガロス氏はライブラリー交換の意義を強調します。
22社がライブラリー提供 AMEDが国家プロジェクト
国家レベルでも取り組みが始まっています。
日本医療研究開発機構(AMED)が15年に始めた「産学協働スクリーニングコンソーシアム(DISC)」は、AMEDの創薬支援事業で生み出されたアカデミアの創薬シーズの実用化に向け、国内の製薬企業22社が提供した約20万化合物でライブラリーを構築。スクリーニングを行い、参加企業に結果をフィードバックする取り組みです。海外にも官民協働のライブラリーはありますが、AMEDによると22もの企業が参加したものは例がないといいます。
DISCの取り組みにより、アカデミアは一度に複数の企業の化合物にアクセスすることができ、企業はアカデミアの創薬シーズにアクセスする機会が拡大。創薬のチャンスが格段に広がると期待されます。
これまで門外不出だった化合物ライブラリーの開放は、新薬創出に苦闘する製薬企業を救うことになるのでしょうか。成果が注目されます。