血液を固めるタンパク質「血液凝固因子」が生まれつき不足することで、出血が止まりにくくなる「血友病」。その治療が大きな転換点にさしかかっています。
血友病治療では血液凝固因子を注射で定期的に補充する治療がメインですが、2015~16年に半減期を延長した製剤が相次いで発売。投与回数が減り、利便性が格段に向上しました。さらに、専門医が「治療を大きく変える」と期待する抗体医薬も開発の最終段階に。早ければ来年にも登場する見通しです。
国内患者数は約6200人
血友病は、血液を固めるタンパク質「血液凝固因子」の一部が生まれつき不足していたり、働きが悪かったりすることで、出血時に血が止まりにくくなる疾患。関節内出血や筋肉内出血、皮下出血、頭蓋内出血など体のさまざまな部位で出血を起こすのが特徴です。
特に関節内出血は、繰り返すと骨の内側の膜が炎症を起こし、関節が変形する血友病関節症になってしまうこともあります。一度出血した関節は、出血を繰り返しやすくなるといいます。
血友病は、12個ある血液凝固第VIII因子が不足する「血友病A」と、第IX因子が不足する「血友病B」に分けられます。国内の患者数は、血友病Aが約5100人、血友病Bが約1100人で、患者の約7割は、第Ⅷ因子や第Ⅸ因子の活性が1%未満の重症型とされます。性染色体の1つである「X染色体」の異常が関わっているため、患者のほとんどは男性です。
半減期延長製剤の登場で負担軽く
現在の血友病治療は、不足する血液凝固因子を血液製剤で定期的に補充する「定期補充療法」が中心です。血友病Aの患者には第VIII因子製剤が、血友病Bの患者には第IX因子製剤が、それぞれ使われます。
定期補充療法では従来、血友病A(第VIII因子製剤)には「週3回」または「2日に1回」、血友病B(第IX因子製剤)には「週2回」または「3日に1回」の投与が必要でした。定期補充療法は1歳を過ぎたころから始めることが多く、治療は生涯に渡って続きます。出血抑制効果は高まる一方、投与間隔が短く、頻回に投与しなければならないため、患者や家族にとっては大きな負担でした。
「患者家族の福音に」
こうした負担を軽減するため、2014年から相次いで登場したのが、半減期を長くして投与間隔を広げた「半減期延長製剤」です。
血友病Aでは、15年にバイオベラティブ・ジャパンの「イロクテイト」が、16年にはシャイアーの「アディノベイト」が発売。イロクテイトは「3~5日に1回」または「週1回」、アディノベイトは「週2回」と、従来製剤に比べて投与間隔が広がりました。
血友病Bでも、14年にバイオベラティブの「オルブロリクス」が、16年にはCSLベーリングの「イデルビオン」が登場しました。投与間隔は、オルブロリクスが「週1回」または「10日に1回」、イデルビオンが「週1回」または「2週に1回」。こちらも投与間隔が長くなりました。
バイオベラティブが6月27日に開いた血友病治療に関するセミナーで講演した荻窪病院血液凝固科の鈴木隆史部長は、半減期延長製剤の登場で投与回数が減り、血液凝固因子活性を長時間高いレベルで維持できるようになったと評価。「特に小さい子どもの血友病患者を抱える親にとっては福音となった」と話しました。臨床現場では、従来型製剤から半減期延長型製剤へのシフトが進んでいるといいます。
それでも残る「インヒビター」という課題
ただ、それでも血友病治療にはまだ課題が残されています。
最も大きな課題が「インヒビター(中和抗体)」です。インヒビターとは、投与された血液凝固因子が患者の体内で異物とみなされることで発生する抗体のこと。インヒビターが発生すると、血液凝固因子製剤は効かなくなります。
インヒビターが発生した患者には▽第VIII因子や第IX因子とは別の血液凝固因子製剤を使って止血する「バイパス療法」▽第VIII因子や第IX因子を長時間、繰り返し投与し、もともと体内にあるものだと思い込ませることで、インヒビターを消す「免疫寛解導入療法」――などが行われますが、それでも効果が得られない患者も一定程度います。
インヒビターにも有効な抗体医薬
こうした課題を解決する新薬として注目されているのが、中外製薬が血友病Aを対象に開発中の抗ファクターIXa/X抗体エミシズマブ(一般名、開発コードACE910)です。2本の腕がそれぞれ別の抗原を認識するバイスペシフィック抗体で、1本の腕で活性型第IX因子、もう1本の腕で第X因子に結合。第VIII因子の機能を代替することで効果を示します。
現在、インヒビター保有・非保有とも国内外で臨床第3相(P3)試験が進んでおり、インヒビター保有は2017年度、非保有は18年度の国内申請を予定しています。これまでに発表されたP3試験結果は、治療を要する出血の頻度を87%抑制(インヒビター保有の青年期/成人血友病A患者を対象とした「HEAVEN1試験」)するなど良好。中外製薬は、ピーク時に2000億円以上の世界売上高を見込んでいます。
「シェア大きく変わる」
エミシズマブが登場すると、血友病Aの治療はどう変わるのでしょうか。前出の鈴木氏は「重症型の管理は変わると思う。皮下注射なので投与も楽。まずは大人を中心にシェアがガラッと変わる可能性がある」と指摘。一方で、いざ出血した時の対応には十分なデータがなく「一抹の不安はある」ともいいます。
開発の後期段階にはエミシズマブのほか、ノボノルディスクファーマやバイエル薬品の半減期延長製剤も控えています。「抗体医薬で出血を予防している患者の出血時のバックアップとしては従来型の製剤、半減期延長製剤ともに十分働く」(鈴木氏)といい、近い将来、治療の選択肢はさらに広がっていくことになりそうです。