消炎鎮痛剤でおなじみの貼付剤が、治療領域を大きく広げています。
大手素材メーカーの日東電工は、高分子化合物をも皮膚から投与できる新たな技術の実用化を加速。第一三共と組んで、米国で臨床試験を始めます。久光製薬も、さまざまな疾患を対象に新たな貼付剤の開発を進めています。
安定した血中濃度の維持が可能で、服薬コンプライアンスの向上が期待できるなど、多くのメリットを持つ貼付剤。新規技術の開発が進み、可能性はさらに広がりそうです。
日東の新技術、第一三共と組んで米国治験へ
日東電工は5月10日、同社独自の新たな経皮吸収技術「PassPort System」について、第一三共とパートナーシップ契約を結んだと発表しました。第一三共が持つ特定の化合物に限ってPassPort Systemの独占的使用権を提供。米国での臨床試験に向けて、開発・製造を本格化させます。
対象となる品目や疾患は明らかになっていませんが、日東電工は第一三共との提携を通じて、新たな経皮吸収投与システムの実用化を加速させたい考えです。
ペプチドも核酸もタンパク質も経皮投与が可能に
日東電工のPassPort Systemは、これまで注射や点滴でしか投与できなかった薬物の経皮投与が期待でき、既存の投与方法では医薬品にすることが難しかった化合物をも医薬品にしてしまう可能性があるといいます。
この新たな経皮吸収投与システムは、痛みなく皮膚表面の角質層に多くの微細な孔(穴)を開ける技術と、粘着テープに薬物を加えて皮膚に貼り付ける技術を組み合わせたもの。手のひらサイズの機器を使って患者が自分で皮膚に穴を開け、薬剤含んだテープ製剤を貼り付けます。
従来の経皮吸収型製剤の技術では、皮膚表面の角質層が薬剤の吸収を邪魔するため、貼付剤にできるのは低分子で脂溶性の薬物に限られていました。
しかし、日東電工の新技術では、皮膚から吸収させることができなかったペプチドや核酸、タンパク質のような分子量の大きいバイオ医薬品や、親水性の薬剤を皮膚から吸収させることが可能に。穴の数や大きさ、テープ製剤の組成を調整することで、注射のように短時間で投与することも、長時間かけて薬剤を放出させることもできます。
抗がん剤が自宅で投与できる可能性も
新技術は、患者の利便性を大きく向上させそうです。
例えば抗がん剤。新技術を使えば、これまで注射や点滴で投与されていた抗がん剤を自宅で投与できるようになる可能性があります。在宅医療の普及に大きく貢献しそうですし、抗がん剤治療と仕事の両立もしやすくなるでしょう。
インスリン製剤に新技術を活用すれば、患者は日々の注射から解放されます。
消炎鎮痛以外に広がる治療領域
貼付剤の“代表格”といえば、「モーラス」や「ロキソニン」などの消炎鎮痛剤。ですが、ここ数年、従来の貼付剤が対象としてこなかった局所作用ではない治療領域にも広がりを見せています。
2011年7月には、ノバルティスファーマと小野薬品工業が、アルツハイマー型認知症治療薬「イクセロンパッチ/リバスタッチパッチ」を発売。13年には、パーキンソン病・レストレッグス症候群(RLS)治療薬「ニュープロパッチ」(大塚製薬)、過活動膀胱治療薬「ネオキシテープ」(久光製薬)、高血圧症治療薬「ビソノテープ」(アステラス製薬・トーアエイヨー)が相次いで発売されました。
17年ごろから相次ぎ新製品
各社の開発パイプラインにも新たな疾患を対象とした貼付剤が並びます。17年ごろから相次いで市場に登場する見通しです。
大日本住友製薬は、08年から経口剤を販売している抗精神病薬「ロナセン」のテープ剤を日東電工と共同で開発中。現在、国内で臨床第3相(P3)試験を行っています。17年度の申請、18年度の発売を目指しており、実現すれば統合失調症治療薬として世界初のテープ剤になるとみられます。
久光も新規領域を積極開拓
「モーラステープ」「モーラスパップ」で国内の経皮吸収型消炎鎮痛剤市場のトップをひた走る久光製薬も、新規領域の開拓を進めています。
13年6月に発売した「ネオキシテープ」に加え、国内ではパーキンソン病やアレルギー性鼻炎、特発性RLSなどを対象とした貼付剤を開発中。米国では、統合失調症や注意欠陥・多動症(ADHD)の治療薬が、開発の最終段階に進もうとしています。
国内で開発中のアレルギー性鼻炎治療薬「HP-3060」は16年度、パーキンソン病治療薬「HP-3000」は18年度に、それぞれ申請の予定です。
血中濃度安定、アドヒアランス向上…貼付剤には多くのメリットが
貼付剤には、経口剤や注射剤にはないさまざまなメリットがあります。
最大のメリットは、薬物の血中濃度を安定して保てることです。安定した量の薬剤をゆっくり体内に送達するため、薬剤の効果を長く持続させることができます。
経口剤や注射剤のように投与後、急激に血中濃度が上がることもありませんので、副作用を軽減したり、発現を抑えたりすることもできます。投与の中断も、皮膚からはがすだけなので簡単です。
もう一つの大きなメリットは、服薬アドヒアランスの向上です。嚥下が難しい患者には適した剤形で、製剤を貼っていることを目で見て確認できることから、飲み忘れの防止につながるとされています。投与も簡便なので、家族など介助者の負担軽減も期待できます。
目立つ中枢神経系領域での活用
こうしたメリットを最大限に発揮できそうなのが、中枢神経系領域でしょう。例えば認知症の場合、服薬を拒否する患者も少なくありません。強く拒否する患者に家族や介護従事者が無理やり飲ませるのは難しいですが、貼付剤なら貼るだけで済みます。
抗精神病薬で問題になる副作用も、血中濃度を安定させることで軽減できます。血中濃度の維持は、薬が効いて症状が良くなっている時間と、効果が弱まって症状が悪化する時間を1日のうちに何度も繰り返してしまうパーキンソン病にも重要です。
実際、すでに販売中の製品や各社の開発品目を見てみると、中枢神経系の疾患を対象としたものが目立ちます。
高齢化で高まるニーズ
高齢化を背景に嚥下困難や認知障害を抱える患者が増える中、貼付剤に対するニーズは今後、高まってくると考えられます。
現時点では市場で苦戦を強いられている製品も少なくありませんが、医療従事者や患者の間で製品特性への認知が進めば、市場にも浸透していくでしょう。新規技術も取り込みながら、貼付剤の活用の場はさらに広がっていきそうです。