2016年度薬価制度改革では、新規に薬価収載される新薬の薬価算定ルールも見直します。
日本での革新的新薬の早期開発を促すことを目的に前回の薬価制度改革で新設されたものの、要件が極めて厳しく適用実績がゼロだった先駆導入加算は、「先駆け審査指定制度加算」に衣替え。厚生労働省が2015年度から開始した「先駆け審査指定制度」の指定品目を評価することとし、加算率の上限も引き上げます。
一方、新規性の低い医薬品の薬価は、引き下げ方向で2つの見直しが入ります。先駆導入加算の見直しは製薬業界にプラスとなりますが、影響としては新規性の低い医薬品の薬価引き下げによるマイナスの方が大きくなりそうです。
革新的新薬を開発できなければ今回の見直しのマイナス面だけ被ることになりかねません。各社の創薬力が試されることになります。
INDEX
新薬の薬価算定ルール、主な見直しは4点
見直しの中身に入る前に、まずは新薬の薬価算定の基本的な流れをおさらいしておきます。
新薬の薬価の決定方法は、その医薬品に効能・効果や薬理作用が似た類似薬があるかどうかによって、大きく「類似薬効比較方式」と「原価計算方式」に分かれます。類似薬効比較方式は類似薬の薬価を基準にして薬価を算定する方式、原価計算方式は医薬品の製造や販売にかかる原価を積み上げて薬価を算定する方式です。
類似薬効比較方式はさらに、その医薬品が類似薬と比べて新規性が高いかどうかによって「類似薬効比較方式(Ⅰ)」と「類似薬効比較方式(Ⅱ)」に分けられます。類似薬を上回る新規性があると判断された場合は(Ⅰ)となり、画期性や有用性などに応じた加算によってその新規性が評価されます。
さらに、米英独仏の4カ国の平均価格との隔たりが大きければ調整を行い(外国平均価格調整)、類似薬効比較方式の場合は類似薬との規格間調整をした上で薬価が決まります。
こうした流れの中で、今回の薬価制度改革で見直しが行われるのは主に
(1) 先駆導入加算を「先駆け審査指定制度加算」に衣替え
(2) 開発要請・公募品目に対する外国平均価格調整の見直し
(3) 類似薬効比較方式(Ⅱ)の適用除外の撤廃
(4) 後発品対策と考えられる新薬の薬価引き下げ
の4点。(1)と(2)は製薬企業によってプラスとなる見直しですが、(3)(4)は引き下げ方向の見直しで、企業にはマイナスとなります。
適用実績ゼロの先駆導入加算、要件見直し加算率も引き上げ
新薬の薬価算定ルールの変更で最も大きいのが、「先駆導入加算」の適用要件を見直し、「先駆け審査指定制度加算」に衣替えするというものです。
厚生労働省が今年度から始めた「先駆け審査指定制度」の対象品目を加算の対象とすることで、薬事制度と薬価制度に一貫性を持たせるのが狙いです。
先駆導入加算は、日本での画期的新薬の早期開発を促そうと、2014年度の薬価制度改革で導入されました。加算の適用要件は▽新規の作用機序を持つ▽海外に先駆けて日本で承認を取得している▽日本だけで流通する医薬品(いわゆるローカル・ドラッグ)でない▽画期性加算または有用性加算(Ⅰ)が適用される――の4点。これら全ての要件を満たした場合、類似薬を基に算出した価格に10%が上乗せされることになりました。
しかし、世界に先駆けて日本で承認を取得する新薬はただでさえ少ない上、適用品目がほとんどない画期性加算や有用性加算(Ⅰ)が要件となっていることから、加算を取得するのは極めて難しく、導入から2年間で適用された実績はゼロでした。
加算率は最大20%に、原価計算方式も評価
今回の見直しでは、加算の要件を「先駆け審査指定制度の対象品目」とし、名称も「先駆け審査指定制度加算」に変更。加算率も10%を基本としつつ、国内臨床試験の成績が充実しているものについては20%まで引き上げます。
原価計算方式で薬価算定される場合は営業利益率に加算を付けて評価。新薬だけでなく、適応拡大であっても先駆け審査指定制度の対象となっている場合には加算の対象となります。
加算適用の予見性向上、実効性あるインセンティブに
先駆け審査指定制度は、画期的新薬や日本でいち早く開発してもらうため、厚生労働省が2015年度に試行的に始めた制度。▽新規作用機序を持つ▽対象疾患が重篤である▽有効性が極めて高い▽世界に先駆けて日本で申請予定――といった要件を満たす医薬品が対象です。
指定を受けた医薬品は、治験相談を優先的に受けられたり、通常12ヶ月かかる承認審査期間が6ヶ月に短縮されたりといった優遇措置を受けられます。
現在、先駆け審査指定制度の対象品目に指定されているのは、日本新薬がデュシェンヌ型筋ジストロフィーを対象に開発を進めている核酸医薬品など6品目。これらの品目が無事に発売までこぎ着けることができれば、薬価算定時に先駆け審査指定制度加算の適用を受けることになります。
従来の先駆導入加算は、適用を受けるためのハードルの高さに加え、加算適用の予見性の低さが、問題点として製薬業界から指摘されていました。
先駆導入加算は画期性加算や有用性加算(Ⅰ)の適用を受けることが要件となっています。しかし、これらの加算を受けられるかどうかは、薬価が決まるギリギリまで分かりません。
これでは、製薬企業が世界に先駆けて日本で新規作用機序の新薬を開発・申請しようとしても、実際に加算を得られるか予見することは不可能です。加算率も10%と高くはないため、製薬業界からは「世界に先駆けての開発に踏み切らせるのに十分とはいない」(日本製薬団体連合会)といった指摘が出ていました。
今回の見直しにより、先駆け審査指定制度に指定されれば加算を受けられることが明確になりました。薬事制度と薬価制度を連動させることで、企業側は早い段階から加算の適用を受けられるか予見できるようになります。加えて、加算率も従来の10%から最大20%に引き上げられますので、より実効性のある開発インセンティブとなります。
開発要請・公募品目、外国平均価格調整を一部免除
未承認薬・適応外薬問題の解消に向けて、外国平均価格調整も一部見直します。
海外で使われているのに日本で承認されていないとして、厚生労働省が開発を要請したり、公募したりした医薬品の中で
・直近の外国での承認日が日本での承認から10年以上前
・外国平均価格が算定薬価の3分の1未満
のものは、外国平均価格調整による引き下げが免除されることになります。
外国平均価格調整は、算定された薬価が海外の価格と隔たりが大きい場合に調整を行うルールです。原則として、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスの4カ国の平均価格と比べて1.25倍を上回る場合は引き下げ、0.75倍を下回る場合は引き上げの調整を行います。
開発要請・公募に応じやすく
厚労省が製薬企業に開発を要請・公募した品目の中には、海外での承認が古く、薬価が著しく低くなっているものがあります。
製薬企業が厚労省の要請・公募に応じてこうした品目の開発を行っても、外国平均価格調整を適用すれば低い外国平均価格に引きずられて日本の薬価も低くなってしまう可能性がありました。原価割れを避けたい製薬企業は、開発をためらってしまうと指摘されていました。
厚労省は今回の見直しにより、外国平均価格が著しく低い場合でも日本では一定の薬価を得られるようにし、製薬企業がより開発要請・公募に応じやすくしたい考えです。
類似薬効比較方式(Ⅱ)、“3年以内なら除外”の規定を撤廃
一方、新規性の低い医薬品の薬価については、引き下げ方向で2つの見直しが行われます。
1つ目は、新規性の低い新薬の薬価を算定する時に用いられる「類似薬効比較方式(Ⅱ)」の除外規定の撤廃です。
類似薬効比較方式(Ⅱ)は、先行する類似薬が3つ以上ある場合に適用される薬価算定方式です。しかし、現行では「最も早く薬価収載された類似薬の収載日から3年以内」であれば適用が除外される規定があり、除外規定に当てはまればより薬価が高くなる類似薬効比較方式(Ⅰ)で薬価が算定されます。
今回の見直しでは、この除外規定を撤廃します。最も早い類似薬の収載からの年数に関係なく、4番目以降であれば類似薬効比較方式(Ⅱ)により薬価が算定されることになります。
見直しの背景には、わずか3年半の間に7成分8品目が薬価収載された2型糖尿病治療薬のDPP-4阻害剤のように、先行する新薬の薬価収載から短期間で多くの類似薬が薬価収載される事例が見られるようになったためです。
開発スピード、より重要に
類似薬効比較方式(Ⅱ)は、4番目以降の新薬は先行する新薬の最も低い薬価に合わせ、外国平均価格調整による引き上げは行わないのが原則です。
しかし、現行ルールでは除外規定があるため、たとえ10番目の新薬であっても最初の類似薬の薬価収載から3年以内であれば類似薬効比較方式(Ⅰ)で薬価算定されます。外国平均価格が高ければ、それに引きずられて薬価が上がり、10番目の新薬が先行品の薬価よりも高くなってしまう可能性がありました。
厚労省は「こうしたケースで生じた価格差について合理的に説明するのが困難」との理由で、除外規定の撤廃を決めました。限られた創薬ターゲットをめぐって開発競争が激しくなる中、開発のスピードアップがこれまで以上に重要になりそうです。
後発品対策にもメス、薬価は先行品の8割に
2つ目は、後発医薬品対策と考えられる医薬品の薬価の引き下げです。
今回の見直しでは、
・補正加算に該当しない
・製造販売業者、主たる効能・効果、薬理作用、投与形態、臨床上の位置付けが同一または同一とみなせる既収載品(先行品)がある
・先行品の薬価収載から5年以上経ってから薬価収載される
医薬品については、薬価を先行品の8割とします。
後発品対策と考えられる医薬品として厚労省は、「単に構造式をわずかに変えただけの既収載品と変わらない医薬品」を例に挙げています。ただし、後発品対策と捉えるかどうかは、開発の経緯や治験デザインも確認した上で総合的に判断されることになります。
次の焦点は消費増税時の薬価改定
2016年度薬価制度改革の中身が決まったことで、製薬業界の関心は来年4月の消費増税に合わせて行われる薬価改定に移ります。
2017年4月に予定通り消費税率が10%に引き上げられれば、増税分を薬価に反映させるための薬価改定が行われます。そこで焦点となるのが、それと同時に市場実勢価格に基づく薬価改定を行うかどうか、です。
仮に2017年4月に市場実勢価格に基づく引き下げが行われれば2016、2017、2018年の3年連続となり、製薬企業に与えるダメージは深刻です。厚生労働省や製薬業界は「製薬産業の競争力を弱体化させる」などと強く反対しています。
一方、歳出を削減したい財務省は実施を求めており、3年連続で市場実勢価格に基づく引き下げを行った実績をもとに、その先の“毎年改定”につなげたい考えを持っています。
今年6月ごろには、市場実勢価格に基づく薬価引き下げの前提となる薬価調査を今年行うかどうか、結論が出る見通しです。製薬業界の将来を左右する問題だけに、議論の行方に注目が集まります。
(連載おわり)