外資系製薬企業の日本法人が官報などに掲載した決算公告を集計したところ、主要12社の2023年売上高は2兆7360億円で前年比1.2%減となったことが分かりました。新型コロナウイルス感染症治療薬・ワクチンの政府買い上げ終了が主な要因で、ベースのビジネスは新製品の伸長や適応追加によって堅調に推移しています。
トップは3年連続でアストラゼネカ
売上高トップは4215億円のアストラゼネカ。3年連続の首位ですが、23年は5.0%の減収となりました。3月の同社の発表では8.2%の増収としていましたが、これは政府買い上げの新型コロナワクチンを除外したIQVIA集計の販促レベルの数値です。決算公告の売上高には新型コロナワクチンも含まれており、「バキスゼブリア」の減少が反映されています。主力製品の1つだった抗潰瘍薬「ネキシウム」の特許切れもマイナス要因となりました。
ただ、大型品だったこれら2製品の減少分は、主力品の成長でおおむねカバーしました。抗がん剤「イミフィンジ」は前年から倍増して薬価ベースで1000億円を突破し、SGLT2阻害薬「フォシーガ」も37.8%増加。抗がん剤「タグリッソ」を加えた3製品が、国内医療用医薬品売上高ランキングでトップ10に入りました。研究開発では今後3年間で30件以上の適応拡大・新製品上市を予定しており、日本で実施中の臨床試験の数は148で「国内最多」(同社)。数年後には、内資も含めて国内首位の座を視野に入れます。
MSDも新型コロナ治療薬「ラゲブリオ」の減収が業績の押し下げ要因となり、アストラゼネカとの差は前年からやや開きました。主力の抗がん剤「キイトルーダ」は24.2%増の1593億円と変わらず好調で、HPVワクチン「シルガード9」も売り上げを拡大。今年7月には費用対効果評価の結果に基づいてラゲブリオの薬価が引き下げられますが、開発パイプラインではがん関連を中心に最大で10件前後の申請や承認を予定します。
売り上げの減少が29.3%と最も大きかったグラクソ・スミスクライン(GSK)も、前年にあったコロナ治療薬「ゼビュディ」の政府買い上げの反動が出ました。これを除くと2桁の増収となっており、同社広報は帯状疱疹ワクチン「シングリックス」や喘息・COPD治療薬「テリルジー」といった主力品が継続的に成長していると説明。「事業は好調」としています。ただ、16年以降、同社の国内売上高は22年を除いて2200億円前後で横ばいとなっており、今年1月に発売したRSウイルスワクチン「アレックスビー」をテコに浮揚を狙います。
伸び率最大は22.5%増のアッヴィ
集計対象とした12社中、増収となったのは7社で、このうち3社は2桁増でした。最大はアッヴィの22.5%増で、売上高は1226億円。自己免疫疾患治療薬の「リンヴォック」「スキリージ」が業績を押し上げ、バイオシミラーが参入した「ヒュミラ」もなお収益基盤の1つです。23年は新薬としてジェンマブと共同開発品した血液がん治療薬「エプキンリ」(ピーク時予想売上高307億円)、パーキンソン病治療薬「ヴィアレブ」(同96億円)を発売しました。
順調な製品育成や新薬投入もあって、ジェームス・フェリシアーノ社長は今後も年2桁成長を続け「5年以内に売上高2000億円」を目指すと宣言しました。同社はC型肝炎治療薬「マヴィレット」が寄与した18年に売上高1700億円を超えましたが、21年には一時1000億円を割り込みました。今後は業績を急回復させ、過去最高に挑みます。
サノフィは12.0%伸びて8年ぶりに2000億円台を回復しました。アトピー性皮膚炎などが適応の「デュピクセント」が相次ぐ効能追加で市場を拡大しており、5月単月の売上高売上高(エンサイス調べ)は97億円で製品別ランキング5位に浮上しています。ただ、同薬に対する依存度が高まっていることも確かです。23年の世界売上高は107億ユーロ(約1兆7000億円)でサノフィ全社の4分の1ですが、日本では約4割を占めており、“一本足打法”の様相を呈してきました。
ノバルティスも10.0%増と2桁成長。心不全治療薬「エンレスト」が20年8月の発売から順調に処方を伸ばしており、売上高は551億円と前年からほぼ倍増。21年9月に高血圧の適応を追加して以降、降圧目標未達患者への処方を拡大しています。
新薬豊富な外資でも高成長難しく
8.5%増と1桁台の伸びでも売上高1298億円と過去最高を更新したのがノボ ノルディスク ファーマ。5年前と比べると1.5倍近い成長を遂げています。セマグルチドを有効成分とするGLP-1受容体作動薬「リベルサス」「オゼンピック」は拡大を続け、領域内で圧倒的なシェアを誇っています。今年2月には肥満症治療薬「ウゴービ」を発売しており(ピーク時予想328億円)、業績に与える影響が注目されています。
日本ベーリンガーインゲルハイムは7.2%増で、7年ぶりに2000億円台に乗せました。抗線維化薬「オフェブ」が前年比12.1%増の610億円を売り上げたほか、SGLT2阻害薬「ジャディアンス」が32.3%増の592億円と顕著な伸びを見せています。
日本イーライリリーは3年連続の減収から回復。抗がん剤「ベージニオ」が適応追加もあって48.0%増の580億円、JAK阻害剤「オルミエント」は24.5%増の306億円と貢献しました。糖尿病治療薬「マンジャロ」の出荷制限は6月に解除され、市場の急拡大が予想されています。同薬の有効成分チルゼパチドは肥満症治療薬としても承認申請中で、アルツハイマー病治療薬ドナネマブ(一般名)とともに今後の業績を牽引しそうです。
過去10年をさかのぼれる8社で売上高の推移を見てみると、アストラゼネカとMSDが大きく伸びた一方、ノバルティス、GSK、バイエル薬品、日本イーライリリーはおおむね2000億円台で推移。8社の合計売上高は10年で2.5%増にとどまります。
この間、MSDが一部事業を分社化するなど事業の再構築はありましたが、一方で新型コロナの特需も発生しています。新薬開発力のある大手外資といえども日本市場での顕著な事業拡大は難しいのが実態のようです。