アステラス製薬が、力を入れる遺伝子治療薬の開発で試練に直面しています。大型化を期待する「AT132」は、被験者の死亡を受けて臨床試験が2度目のストップ。承認申請は2026年度以降にずれ込む見込みで、当初の想定から少なくとも6年遅れることになります。
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業界トップクラスのパイプライン
「遺伝子治療の研究、開発、製造のすべてにおいて、アステラスは高いケイパビリティを保有していると信じている」。アステラス製薬の安川健司社長CEO(最高経営責任者)は、先月開かれた研究開発説明会でこう強調しました。
10年ほど前からつくば(茨城県)の研究所で遺伝子治療薬の探索的な研究を行ってきたアステラスは、2020年に米国のベンチャー企業オーデンテス・セラピューティクスを約3200億円で買収し、複数の新薬候補とアデノ随伴ウイルス(AAV)を使った遺伝子治療薬の製造能力を獲得。岡村直樹副社長は当時、「アステラスにとって最も難しかったのが製造法の確立。オーデンテスは大規模な製造能力を持っており、買収によって克服し難かったチャレンジとのギャップを埋めることができる」と話していました。
アステラスはオーデンテス買収を機に、遺伝子治療を重点領域である「プライマリー・フォーカス」に格上げしました。現在、臨床開発段階に2つ、臨床前の段階に14のプログラムを抱え、「業界トップクラスのパイプライン」と自負します。中でも、オーデンテスから引き継いだリードプログラム「AT132」(対象疾患・X連鎖性ミオチュブラーミオパチー)は、ピーク時にグローバルで500~1000億円の売り上げを期待。今年半ばには米国に新設した製造施設の稼働開始を予定するなど、事業化への動きを強めています。
被験者4人が死亡
AT132は、昨年発表した21~25年度の経営計画でも重点戦略製品に位置付けられていますが、開発は思うように進んでいません。昨年9月、米国で行っている臨床第2相(P2)試験で被験者1人が重い肝機能障害を発症して死亡し、米FDA(食品医薬品局)が試験の差し止めを指示。現在、開発は一時中断しています。
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AT132の臨床試験がストップするのは今回で2度目です。20年にも高用量の投与を受けた3人が肝機能障害を発症して死亡し、FDAが試験の差し止めを指示。アステラスは、投与量を減らすなどのプロトコル変更を行った上で同年12月に試験を再開しましたが、昨年9月に死亡した患者は再開後に低用量の投与を受けた最初の被験者でした。
申請は2026年度以降に
AT132が対象とするX連鎖性ミオチュブラーミオパチー(XLMTM)は、極度の筋力低下と呼吸不全を特徴とする神経筋疾患。新生男児の4~5万人に1人の割合で発症するとされ、患者の半数は生後18カ月以上生きることができません。
P2試験で死亡した4人の被験者には胆汁うっ滞の既往歴があり、アステラスは肝臓に取り込まれた遺伝子治療薬と潜在的な胆汁うっ滞リスクが組み合わさることで重篤な肝機能障害が起こったとの仮説を立てています。同社は、製剤改良や被験者の適格基準の変更を通じて安全性を確保し、試験を再開したい考えです。チーフ・メディカル・オフィサーのバーニー・ザイヤー氏は、製剤改良について「空カプシド(治療用遺伝子を含まないカプシド)を減らすことで、AAVカプシドの総投与量を低減する」としています。
2度の臨床試験差し止めによって、AT132の開発は当初の計画から大幅に遅れます。オーデンテス買収当時は2020年の承認申請を計画していましたが、1度目の中断によって2年先送り。今回は23年以降の試験再開を見込んでおり、申請は26年度以降を想定しています。
「コミットメント続ける」
1度目の試験差し止めによる開発の遅れや対象患者の見直しを受け、アステラスは21年3月期にAT132の無形資産の減損損失として588億円を計上。今回もタイムラインの遅れを踏まえて減損テストを行うことにしており、22年3月期決算に再び減損損失を計上する可能性があります。昨年12月末時点のAT132の無形資産は444億円。オーデンテス買収直後の20年3月末時点では1023億円でした。
AT132が2度にわたって臨床試験を中断しても、遺伝子治療薬への取り組みを弱める考えはありません。安川社長は3月の説明会で「われわれにとって最悪のシナリオは、AT132で見られた肝毒性がXLMTMだけでなく全ての疾患に見られてしまうことだ。そうなればほとんど全てのプロジェクトを見直すことになるが、今はそういう立場ではない」と指摘。「これまで獲得し、培ってきたケイパビリティを最大限に活用し、発展させ、遺伝子治療へのコミットメントを続けていく」と強調しました。