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「神戸」と「湘南」それぞれが目指すエコシステム|連載:バイオコミュニティの萌芽(3)

更新日

亀田真由

「グローバルバイオコミュニティ」が構想されている東京圏と関西圏には、すでに関連産業が集積するクラスターが存在しています。それぞれのクラスターは、どのように形成され、どんなエコシステムを志向し、グローバルバイオコミュニティに何を期待するのか。神戸医療産業都市(神戸市)と湘南ヘルスイノベーションパーク(神奈川県藤沢市)を取材しました。

 

■連載:バイオコミュニティの萌芽

(1)東西で始まったコミュニティ形成の動き

(2)集積から連携へ…バイオコミュニティの目指すところ

 

「橋渡し研究」軸にクラスター形成

国内のバイオクラスターの先駆けとなった神戸医療産業都市(KBIC)。ここには、医療機関や学術機関を含め、バイオ関連の382団体・企業が集積しています(今年1月末時点)。阪神淡路大震災からの復興を目指して1998年に構想がスタートしたKBICは、20年以上を経て日本最大級のバイオメディカルクラスターに成長しました。

 

当初、KBICが目標に掲げたのは「神戸経済の活性化」「雇用の確保」「国際貢献」の3つ。もともとはクラスターの形成を目的としたものではありませんでした。神戸医療産業都市機構クラスター推進センター総括監の花谷忠昭さんは、「橋渡し研究(トランスレーショナルリサーチ)を旗印にしたことで必然的にクラスターが出来上がった」と振り返ります。震災からの復興を起点としたため行政のコミットも強く、市が行う誘致活動やハード支援もクラスター形成に大きな役割を果たしています。

 

「神戸にも新しい技術・シーズはありますが、東京や大阪に数では太刀打ちできません。だからこそ、外部からもシーズを呼び込み、実用化に結びつけるために取り組んできましたし、理化学研究所(理研)や機構では橋渡し研究のための基礎的な研究も進めてきました。この分野では、日本でも中心的な役割を果たしていると自負しています」(花谷さん)

 

再生医療で「クラスターに膨らみ」

クラスターの拡大とともに成長してきたのが医療機器分野。もともと重工業が盛んだった神戸にマッチしたテーマとして選ばれ、現在も集積する企業の25%は医療機器関連です。

 

すでに55の品目が実用化に至っていますが、中でも花谷さんが「大きな成果」と話すのは、初の国産手術支援ロボット「hinotori」。川崎重工業とシスメックスの合弁企業・メディカロイドが開発し、2020年8月に承認を取得しました。開発では、KBICのラボ施設や神戸大医学部付属病院に設置された「リサーチホスピタル(国際がん医療・研究センター)」を活用し、医療現場のフィードバックを反映。21年からは商用5Gを使った遠隔操作の実証実験も行っています。

 

医療機器のスピードには及ばないものの、KBICでは医薬品や再生医療の研究開発にも力を入れています。「今でこそ再生医療は盛んですが、2000年にそれを目標にしたのは当時音頭を取った井村裕夫・名誉理事長(元京都大総長/神戸市立中央市民病院長)の彗眼。もちろん、元理研の高橋政代先生の網膜再生医療の研究が発展したことが大きかったのですが、再生医療分野は物流、培地、素材など波及効果も大きく、クラスターに膨らみが生まれました」(花谷さん)。再生医療ではCDMOも展開し、20年からは国内製造拠点としてノバルティスファーマのCAR-T細胞療法「キムリア」を製造しています。

 

共創に舵

KBICは現在、「集積」から「共創」へと舵を切っている最中です。

 

機構のクラスター推進センターは2005年に設置された組織。18年には体制を拡大し、集積する企業の事業化支援を強化しました。その特徴は、製薬企業や医療機器メーカーでの勤務経験のある約20人のコーディネーター。「個別の事業化支援を通して機構を信用してもらい、その上でオープンイノベーションを行う。コーディネーターを介したマッチングで共創につながる環境を整えています」と花谷さん。集積が進んだことで企業・団体がどんな活動をしているのか見えづらくなった面もあるといい、機構のリードで網の目のようなネットワーク構築に取り組んでいます。

 

神戸に本社を構える日本イーライリリーや、敷地内にインキュベーションラボ「CoLaborator Kobe」を持つバイエル薬品など製薬各社とも連携。リリーとは認知症対策を、バイエルとはアクセラレータープログラムを共同で進めています。バイエルは、「日本の基礎研究力に対する期待の現れ」として、米国とドイツに続いて神戸にCoLaborator Kobeを設置。機構もインキュベーション施設「クリエイティブラボ神戸(CLIK)」を20年に開設しており、支援が広がっています。

 

CoLaborator Kobe

CoLaborator Kobe(バイエルホールディング提供)

 

「働く場所」としての認知向上へ

約1万2000人が働くKBICですが、エコシステムとしてさらに成熟するために機構が課題として認識しているのが人材の集積です。そのためにまず、さまざまな取り組みを通じて地元学生の取り込みを目指しています。

 

たとえば、hinotoriの開発で利用された神戸大のリサーチホスピタルは、19年に国の地方創生事業に採択された「神戸未来医療構想」のもと、医療機器の実証拠点として設立されましたが、「神戸大が入っているので、ただ機器の開発をするだけではなく、医工融合人材の育成につなげたい」(花谷さん)。地元の学生に地域就業を促す狙いもあります。

 

KBICはアジア展開も視野。花谷さんは「個人的には東京一極集中に一矢報いたいと思っていますし、その拠点が神戸でありたい」といいます。関西圏で形成が本格化する関西バイオコミュニティ(BiocK)には、自治体の垣根を超え、神戸や大阪、京都といった都市単位ではできないことを期待しているといい、「神戸自身の活動も強化するとともに、2025年の大阪万博も見据え、これまで以上に関西という枠組みの意識を持っていかなければならないと思っています」とこれからを見据えます。

 

神戸医療産業都市の全景

神戸医療産業都市の全景(神戸医療産業都市機構提供)

 

「ロールモデルはなかった」

湘南ヘルスイノベーションパーク(湘南アイパーク)は、武田薬品工業の旧湘南研究所を開放する形で18年4月にオープンした企業発のサイエンスパーク。当初から「オープンでイノベーティブなエコシステム」の醸成を目標に掲げており、連携を促す環境づくりを行ってきました。「コ・ロケーションでの刺激」が呼び水となり、現在91の企業・団体が入居しています。

 

この中で200人規模という大所帯を構えるのが田辺三菱製薬です。同社は昨年、武田と非競争領域で化合物の初期薬効・薬物動態・毒性評価データを共有する枠組みをつくりましたが、「この連携に至る一端を担ったのがアイパークでの交流だったのでは」と、湘南アイパーク・ジェネラルマネージャーの藤本利夫さんは話します。アイパークで開かれている企業の垣根を超えた論文の抄読会「サイエンスカフェ」などを通じ、両社の研究者が活発に交流したことが、結果的にビジネスにつながったのではないかと見ています。

 

「個人の興味関心でつながれる」

「会社を背負うと最初からビジネスになってしまうので交流は難しい。研究者が個人の興味関心でつながり、そこからビジネスが始まるのがコ・ロケーションの強みです」と藤本さん。「コロナ前は、隣り合って入居している田辺三菱とアクセリードのメンバーがしょっちゅう廊下でお酒を飲んで盛り上がっていました。ほかの入居企業から苦情が来るくらいでしたが、それだけ打ち解けられる場になれたことは嬉しく思います」と話しますが、立ち上げ時はロールモデルがなく、運営は手探りだったと振り返ります。

 

「ボストンは進みすぎだし、日本のほかのクラスターも当時は『施設内の交流』にそこまで焦点を当てていませんでした。どうやったらこの(東京ドーム6.5個分という)大きな施設をいっぱいにして、交流してもらえるのか。思いつくことは片っ端からやっていきました」(藤本さん)

 

湘南アイパーク共用部

湘南アイパークには、共用部に連携を促すさまざまな仕掛けが施されている

 

会話のきっかけにと廊下にコーヒーマシンを置いても、コーヒーを入れてすぐ自室に戻ってしまうなど、はじめのうちは仕掛けが思うように成功しないこともしばしば。サイエンスカフェのように入居する研究者の声で始まった取り組みや、アイパーク自らもイベントの企画・運営にトライし(21年は246 回実施)、評判が良かったものを残していくことを続けた結果、アイパーク内での新規コラボレーションは20年度に913件に上りました。前年度の6.4倍で、想像を超える拡大だといいます。

 

アイパークが仕掛けたイベントの中でもユニークなのは、社長などメンバー企業の代表者だけを集めて開催される「リーダーズクラブ」。トップが集まっている分、意思決定が早く、アカデミアのシーズに興味を持ったベンチャーが開催後すぐにCDA締結まで完了したケースや、同じ高校の出身者を見つけてパーク内に同窓会を結成したこともあったといいます。

 

「循環を作りたい」

徐々に交流も盛んになってきたアイパーク。開所当初18だったパートナー数は、約4年で7.4倍に拡大しました。約2200人が勤務するまでになりましたが、藤本さんは「田辺三菱やキリンホールディングスなど、まだまだ大企業が中心的」と言い、ベンチャーやアカデミアの参加を課題に挙げます。

 

「もっと言うと、アイパーク内でベンチャーがどんどん生まれてくるような、エコシステムが循環する状況を作りたい。アメリカでは、何回も起業し、成功も失敗も経験したアントレプレナーがクラスターの中に何人もいますが、日本はそういう状態ではありません。日本のベンチャーはリスキーだと言われますが、それは、失敗した時に就職口が無いということ」(藤本さん)

 

藤本さんは、アイパークがそうした状況を打開できる「リサーチャープール」になりたいと話します。現在も少なからずアイパーク内での転籍はあるそうですが、ためらいなくアイパーク内で移籍できるような状況を作っていく必要があると考えています。目指すは、5年以内にアイパークで2回目の起業に成功した人を出すことです。

 

湘南アイパーク

2200人あまりが勤務する湘南アイパーク

 

アカデミアやベンチャーに多様なアプローチ

シーズを持つアカデミアやベンチャーには、さまざまなアプローチで事業化への支援を試みています。

 

20年にジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)と取り組んだインキュベーション事業では、全国の大学やベンチャーから応募のあった79件の研究計画の中から、肺がんのバイオマーカーや近視の進行予測など5つを選び、事業化へ最長3年間の研究助成を行っています。選考では、12のファイナリストそれぞれに武田とJ&Jのメンバーがメンターとして3カ月コミット。たとえば、新たなゲノム編集技術の治療応用を目指すバイオベンチャーのNexuspiralは、メンターとのディスカッションを通じて適応疾患を変更し、実用化の確度を高めました。

 

がんに対する創薬の支援で覚書を結ぶ国立がん研究センター先端医療開発センターとは、国がんのシーズが実用化につながるか、アイパークで働く研究者がビジネスの視点からフィードバックするショーイベント「イノベーションタイガー」を継続的に開催。アカデミアでは聞けない厳しい意見も飛び交うなど白熱した議論が繰り広げられ、イベント後も研究者間で相談のやりとりが続くほどに実りのある機会になっているといいます。

 

資金面では、クラウドファンディングサービスのREADYFORと組み、大学研究者の研究資金調達をサポートするクラウドファンディングを展開。20年には、ベンチャーキャピタルや製薬企業などに参加を呼びかけ、ベンチャー投資の活性化を目指す「日本VCコンソーシアム」を立ち上げました。コンソーシアムを通じた投資事例はまだありませんが、国内のライフサイエンス業界で大胆なリスク投資が行える体制を作るべく取り組んでいます。

 

「本当にダイナミックに日本のバイオの環境を動かそうと思ったら、税制や薬事規制で大きな枠組みを打ち出していく必要がある。東京圏のグローバルバイオコミュニティでパイロット的な取り組みができれば、非常に意義があると思います」と藤本さんは話します。湘南アイパークもその一翼を担う心意気です。

 

AnswersNews編集部が製薬企業をレポート

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