核酸医薬に遺伝子治療と、新たなモダリティによる画期的新薬の登場が相次ぐ脊髄性筋萎縮症。今月、初の経口薬となる中外製薬の「エブリスディ」が承認され、治療にまた新たな風が吹きそうです。
SMAとは
脊髄性筋萎縮症(SMA)は、運動神経細胞の生存や機能維持に必要なSMN(運動神経生存)タンパク質をつくるSMN1遺伝子の欠失や変異が原因で起こる遺伝性の神経筋疾患です。SMN1遺伝子に欠失や変異があると、正常なSMNタンパク質を十分つくることができず、運動神経細胞の働きを維持することができなくなり、筋緊張低下、筋力低下、筋萎縮などが起こります。
SMN遺伝子には、SMN1とSMN2という2つの遺伝子がありますが、正常なSMNタンパク質をつくるのはSMN1遺伝子だけ。SMN1遺伝子に欠失・変異があるSMA患者は、SMNタンパク質の産生をSMN2遺伝子に頼ることになりますが、SMN2遺伝子がつくるSMNタンパク質はその9割が機能を持たない不完全なもので、SMN1遺伝子の欠失・変異をカバーすることはできません。このため、SMNタンパク質が不足し、それに起因するさまざまな症状が現れます。
SMAは発症の時期によって0型~IV型の5つの型に分けられ、最も患者数の多いI型(生後6カ月までに発症)では、呼吸や嚥下といった生命を維持するのに必要な身体機能に支障をきたします。I型SMAの乳児は支えなしで座ることができず、人工呼吸器による呼吸補助がない状態ではほとんどの患者が2歳までに死亡するとされます。
乳児期から小児期に発症するSMAの罹患率は10万人あたり1~2人で、I型SMAは出生2万人に対して1人前後と言われています。日本では指定難病に指定されており、特定医療費受給者証を持っている人は2019年度末時点で884人です。
画期的新薬相次ぐ
以前は有効な治療法がほとんどなかったSMAですが、2016年以降、画期的な新薬が相次いで登場し、治療は急激に進歩しました。
口火を切ったのは米バイオジェンのアンチセンス核酸医薬「スピンラザ」(一般名・ヌシネルセンナトリウム)で、米国で16年に、日本では17年に承認を取得。本来なら正常なSMNタンパク質を産生しないSMN2遺伝子のスプライシングを修飾し、機能を持ったSMNタンパク質を産生させる作用を持ちます。
続いて登場したのは、スイス・ノバルティスの遺伝子治療薬「ゾルゲンスマ」(オナセムノゲン アベパルボベク)。日本では昨年承認を取得しました。正常なSMN遺伝子をアデノ随伴ウイルスベクターに組み込んだもので、1度投与されたSMN遺伝子は長期間安定的にSMNタンパク質を発現するとされています。
これら2つの薬剤が、SMA患者の運動機能と生命予後に大きな改善をもたらす中、治療に新たな風を吹き込むのが、スイス・ロシュが開発した経口薬「エブリスディ」(リスジプラム)です。日本では中外製薬が6月に承認を取得し、8月の薬価収載が見込まれます。
エブリスディはSMA治療薬としては初の経口薬で、スピンラザと同様にSMN2遺伝子のスプライシングを修飾することで、SMNタンパク質の産生を促進する薬剤です。米国では昨年8月、欧州でも今年3月に承認を取得しており、ロシュの決算発表によると、米国では承認から8カ月で15%以上の患者シェアを獲得。同薬が処方された患者の3分の2は、スピンラザやゾルゲンスマからの切り替えだといいます。
SMAは希少疾患ですが、治療薬の市場はスピンラザの登場から4年ほどで30億ドル規模まで拡大しています。市場を牽引してきたスピンラザは20年に20億5200万ドルを売り上げましたが、競合薬の登場で成長は鈍化。ゾルゲンスマの20年の売上高は9億2000万ドルで、今年は10億ドルを突破する勢いです。
SMA治療薬では、ノバルティスもエブリスディと同じコンセプトを持つ「LMI070」(branaplam)を開発中で、25年以降の申請を予定。ゾルゲンスマも、II型とIII型を対象とした髄腔内投与製剤の開発を進めています。急速に立ち上がった市場は今後、モダリティ間の競争が一層激しくなりそうです。