新型コロナウイルスワクチンの開発は急ピッチで進み、開発開始から1年足らずで実用化にこぎつけた(ロイター)
新型コロナウイルスのパンデミックにより、世界が劇的に変化した2020年。製薬業界のできごとを、2回に分けて振り返ります。
ニューノーマル模索
中国・武漢で「原因不明の肺炎患者」が確認されて約1年。新型コロナウイルス感染症の拡大は、社会のありようを一変させました。テレワークの普及によって働き方は大きく変わり、デジタル技術によってビジネスを変革させる「デジタルトランスフォーメーション(DX)」が加速。感染拡大の収束が見えない中、世界中の人々が仕事や生活のあらゆる場面で「ニューノーマル」を模索しました。
製薬業界では、各社がMRの医療機関への訪問を自粛し、営業活動がデジタルにシフト。Web会議システムを使ったリモート面談が広がり、リモート専任のMRを置く企業や、オリジナルキャラクターが動画で製品や疾患の説明を行う「バーチャルMR」を導入する企業、情報提供にコミュニケーションアプリ「LINE」を活用する企業なども出てきました。
MR認定センターの「MR白書」によると、今年3月末時点の国内MR数は5万7158人(前年同期比2742人減)で、ピークとなった13年度から6年で8594人減少。対面営業の縮小で減少はさらに加速するとの見方もあり、将来への不安も広がっています。
新型コロナの感染拡大は新薬開発にも大きな影響を与え、米メディデータのまとめによると、臨床試験への新規登録患者数は一時、コロナ前の水準と比べて6割減少。臨床試験の「バーチャル化」「分散化」への機運が高まりました。医薬品原薬の調達を中国など特定の国に依存するリスクも露呈。調達先の多元化・分散化や国内製造への回帰など、サプライチェーンの見直しに向けた動きも世界的に活発化しました。
ワクチン開発 新技術で実用化
一方、新型コロナウイルスに対するワクチンや治療薬の開発で、製薬業界には大きな期待が寄せられました。「ワープ・スピード作戦」を展開した米国を筆頭に、各国政府が巨額の予算を投じてワクチン開発を支援。開発は過去に例を見ない驚異的なスピードで進み、年末には英国や米国など一部の国で接種が始まりました。
日本では12月、米ファイザーと独ビオンテックが特例承認を求めて申請。来年春には接種が始まるとみられています。来年前半には、同社のワクチンのほか、英アストラゼネカや米モデルナのワクチンも供給される見込みです。
新型コロナウイルスのワクチン開発では、過去に実用化例がないか、あってもごくわずかな例しかない新技術が活用されました。WHOの12月16日時点でのまとめによると、臨床試験が行われている56種類のワクチン候補のうち、15種類はウイルスベクターワクチンで、RNAワクチンとDNAワクチンも7つずつ含まれています。ウイルスベクターワクチンはエボラウイルスワクチンでしか実用化例がなく、RNAワクチンは新型コロナウイルスワクチンが史上初。DNAワクチンも承認されれば初となります。
欧米や中国の企業が激しい開発レースを繰り広げる中、国産ワクチンの開発は遅れました。日本企業では、アンジェスが11月から臨床第2/3相(P2/3)試験に入ったほか、塩野義製薬が12月からP1/2試験を始めたものの、第一三共やKMバイオロジクス、IDファーマは来年春に臨床試験を始める予定です。
国産ワクチンの実用化は2022年以降になる可能性があり、日本のワクチン産業の弱さが浮き彫りになりました。日本政府は6700億円余りを投じて海外メーカーからワクチンを購入する計画ですが、その理由や背景は今後、きちんと問い直されるべきでしょう。
毎年改定 7割の品目が対象に
新型コロナウイルスの感染拡大は、国内の医薬品市場も影響を与えました。IQVIAによると、国内市場は5月以降、数量ベースで前年を2~4%程度下回る水準で推移しており、20年度の市場は新型コロナによって1700~1500億円のマイナス影響を受ける見込み。外出自粛や受診抑制が要因で、処方の長期化によって新薬の切り替えにも影響が出ました。
国内の製薬業界は、来年春に行われる初の「中間年改定」をめぐる議論に揺れました。医療機関や医薬品卸が新型コロナウイルスへの対応に追われる中、実施そのものに反対する声も強くありましたが、最終的には乖離率が5%を超える品目を対象に予定通り行うことが決定。対象品目は全体の69%に及び、新薬の59%、長期収載品の88%、後発医薬品の83%が引き下げを受けることになりました。
改定により削減される医療費は約4300億円。平均乖離率(20年薬価調査では8.0%)の2倍超を対象とするよう求めていた製薬業界からは「薬価制度の予見性を著しく毀損するもので、到底納得できるものではない」(日本製薬団体連合会など)、「ジェネリック医薬品の安定供給に大きな影響を及ぼし、医療の効率化にはつながらない」(日本ジェネリック製薬協会)といった反発の声が上がりました。
IQVIAによると、新型コロナウイルスによる受療行動の変化と毎年改定によって、20~25年度の国内市場は緩やかなマイナス成長となる見込み。この間、薬価改定によって3兆円以上の医療費が削減されると見込んでいます。
相次いだ自主回収 睡眠薬混入で健康被害
国内市場では今年、品質の不備などを理由とした製品の自主回収も相次ぎました。日医工は4月以降、12月までに35品目で自主回収を実施。共和クリティケア製のソフトバッグ製剤も7月以降、自主回収を行い、影響は同社に製造を委託する約20社に広がりました。
12月には、小林化工が製造販売している抗真菌薬「イトラコナゾール錠50『MEEK』」にベンゾジアゼピン系睡眠薬リルマザホン塩酸塩水和物が大量に混入していることが発覚し、同社がクラスIでの自主回収を実施。ふらつきや意識障害といった健康被害の報告は、12月21日0時時点で155件に上り、服用した患者2人が死亡しました(うち1人は主治医の見解で因果関係は低いとされている)。
小林化工は、問題となったイトラコナゾールを含め、複数の製品で承認書に記載のない不適切な製造を行っていたと伝えられています。それが仮に事実なら許されることではありませんが、製薬業界関係者からは、その背景に度重なる薬価の引き下げがあったのではないか、との声も聞かれます。薄利の後発品ビジネスにとっては特に、毎年改定のダメージは大きく、集約化・大規模化の引き金を引くことになるかもしれません。
(前田雄樹)
製薬業界 回顧2020(2)はこちら
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