きょう保険適用されたノバルティスファーマの脊髄性筋萎縮症向け遺伝子治療薬「ゾルゲンスマ」。1億6700万円という史上最高の薬価はどう決まったのでしょうか。
1回の投与で長期の有効性
5月20日、ノバルティスファーマの脊髄性筋萎縮症(SMA)に対する遺伝子治療薬「ゾルゲンスマ」(一般名・オナセムノゲン アベパルボベク)が薬価収載され、保険適用になりました。薬価は1患者あたり1億6707万7222円。単価としては国内最高で、日本で初めて「億超え」の新薬が登場しました。
SMAは、SMN1遺伝子(SMN=Survival of Motor Neuron=運動神経細胞生存)の機能欠損が原因で起こる遺伝性の難病。運動ニューロンの正常な機能を維持するのに必要なSMNタンパク質が十分に産生されず、骨格筋を支配する脊髄前駆細胞が変性・消失し、筋肉の萎縮と筋力の低下をきたします。生後6カ月までに発症する「I型(乳児型)」の場合、患者の9割以上が生後20カ月までに死亡するか、永続的な呼吸管理が必要な状態になるとされています。
ゾルゲンスマは、アデノ随伴ウイルス(AAV)にSMAの根本原因であるSMN1遺伝子を組み込んだ遺伝子治療薬。正常な遺伝子を補うことでSMNタンパク質を産生させ、生命予後と運動機能を改善します。投与されたSMN1遺伝子は長期間安定して存在するよう設計されており、1回の投与で長期にわたって効果を発揮すると考えられています。
I型SMA患者15人を対象に行われた海外臨床第1相(P1)試験(CL-101試験)では、「13.6カ月齢に達した時点」と「投与後24カ月のフォローアップを完了した時点」のいずれでも被験者全員が永続的な呼吸補助なしに生存。投与後24カ月の時点では、承認用量群の11例中9例で「30秒支えなしで座る」「寝返りをする」が可能になるといった有効性が示されています。
「スピンラザ11本分」に60%の加算
SMAでは、2019年7月にバイオジェン・ジャパンの「スピンラザ」(ヌシネルセンナトリウム)が承認されており、ゾルゲンスマの薬価はスピンラザを比較薬とする類似薬効比較方式で算定されました。
スピンラザは、SMN1遺伝子のバックアップ遺伝子であるSMN2遺伝子がタンパク質を産生する過程に作用し、正常なSMNタンパク質を産生させるアンチセンス核酸医薬。通常だと、SMN2遺伝子が産生するSNMタンパク質は不完全なものですが、スピンラザはSMN2遺伝子のmRNA前駆体に結合し、スプライシングを変えることで、正常なSMNタンパク質の産生を増やします。ただし、ゾルゲンスマのように1回で投与は完結せず、導入時に4回(初回投与後、2週、4週、9週に投与)投与したあと、4カ月間隔で投与を続けなければなりません(乳児型の場合)。
ゾルゲンスマの薬価が超高額になったのは、1回の投与で長期にわたる有効性が確認されたからです。薬価算定では、ゾルゲンスマを使うことでスピンラザの投与が不要になる期間を計算し、その期間に投与されるはずだったスピンラザ11本分の薬剤費(949万3024円×11=1億422万3264円)をベースに薬価を算出。▽正常遺伝子を導入するという新規の作用機序を持つ▽1回の治療で長期間の有効性が認められる――などが評価されて有用性加算I(加算率50%)がついたほか、先駆け審査指定制度加算(同10%)も加わり、結果としてスピンラザ11本分の価格に60%が上乗せされました。
薬価算定組織は当初、有用性加算Iの加算率を40%としていましたが、「画期的な有効性などをさらに評価すべき」とのノバルティスからの不服意見を受け、▽原理的には根治の可能性がある▽1回投与で患者負担が軽減される――などを追加で評価。加算率を50%に引き上げ、結果として1億6700万円という史上最高の薬価になりました。
「先駆け加算」適用に疑問も
ゾルゲンスマのピーク時の予測売上高は年間42億円(予測投与患者数は年間25人)。市場規模はスピンラザより小さいものの、ゾルゲンスマは薬の費用対効果を薬価に反映する費用対効果評価の対象となりました。難病の治療薬は費用対効果評価の対象外とするのが原則ですが、ゾルゲンスマは「著しく薬価が高い」と判断されたためです。
一方、ゾルゲンスマの薬価収載を審議した5月13日の中央社会保険医療協議会(中医協)総会では、ノバルティス側の不手際で承認審査が長期化したにもかかわらず、先駆け審査指定制度加算が適用されたことに疑問の声が上がりました。
先駆け審査指定制度の対象品目は申請から半年程度で承認されるのが通常ですが、ゾルゲンスマは倍以上となる1年4カ月もの時間を要しました。医薬品医療機器総合機構(PMDA)が公表した審査報告書では、先駆け審査指定制度で審査期間を短縮するためのプロセスをノバルティスが無視していたことなどが明らかになっています(詳しくは「承認まで1年4カ月…先駆け指定の『ゾルゲンスマ』審査はなぜ長引いたのか」)。
「命に関わることなので、患者・家族は本当に薬を待っていたと思う。企業側の不手際で遅れたにもかかわらず、加算が適用されるのは理解できない」「先駆け審査指定制度を使っていないのに加算がつくのは極めて問題だ」。13日の中医協では、委員からこうした指摘が相次ぎました。厚生労働省は、先駆け審査指定制度の対象品目であれば自動的に加算が適用される仕組みをどうするのか、2022年度の次期薬価制度改革に向けて検討していく考えです。
(前田雄樹)