血友病の治療にブレークスルーをもたらした「ヘムライブラ」が売り上げを伸ばす中、これに続く新たな治療薬の開発が進んでいます。国内外の製薬企業のパイプラインには、核酸医薬や遺伝子治療薬などが控えており、開発の最終段階を迎えているものもあります。
ヘムライブラ ブロックバスターに
スイス・ロシュが1月30日に発表した2019年12月期決算によると、中外製薬が創製した血友病A治療薬「ヘムライブラ」の世界売上高は13億8000万スイスフラン(約1546億円)に達し、17年11月の発売から2年でブロックバスターとなりました。
「日米欧で市場導入が順調に進んだ」。中外の小坂達朗社長CEO(最高経営責任者)は同日の決算会見でこう手応えを語りました。この日発表された中外の19年12月期業績は売上高6862億円(前期比18.4%増)、営業利益2106億円億円(69.4%増)といずれも過去最高を更新。ヘムライブラの販売拡大が好業績の原動力となりました。
血友病は、血液凝固因子の不足・欠乏によって血が止まりにくくなる遺伝性疾患。12種類ある血液凝固因子のうち第VIII因子が不足する「血友病A」と、第IX因子が不足する「血友病B」に分けられます。
ヘムライブラは2つの抗原結合部位が別の抗原と結合するバイスペシフィック抗体。片方の抗原結合部位が活性型第IX因子に、もう片方が第X因子に結合し、不足している第VIII因子の機能を代替することで、正常な血液凝固反応を起こします。週2〜3回の静脈内投与が必要な血液製剤に対し、ヘムライブラは最長4週間間隔の皮下注射。インヒビター(補充した第VIII因子に対する中和抗体)ができて血液製剤が効かなくなった患者にも使用でき、血友病Aの治療にブレークスルーをもたらしました。
サノフィ/アルナイラムの核酸医薬がP3
ヘムライブラがシェアを急速に拡大する一方で、これに続く新薬の開発も進んでいます。siRNA核酸医薬や抗TFPI抗体、遺伝子治療薬などが臨床開発の段階にあり、血友病治療は今後も大きく変化していきそうです。
米アルナイラムが創製し、仏サノフィが開発しているフィツシランは、抗凝固因子(血液の凝固を抑制する物質)であるアンチトロンビンを標的としたsiRNA核酸医薬。アンチトロンビンをコードするmRNAを特異的に認識して切断・分解することで、アンチトロンビンの産生を阻害する作用を持ちます。
初期の臨床試験では、フィツシランを月1回投与することで血中のアンチトロンビン濃度が大幅に低下することを確認。現在は日本を含むグローバル臨床第3相(P3)試験を行っており、血友病Aと血友病Bの両方を対象に血液凝固因子製剤との比較で出血抑制効果を検証しています。
デンマークのノボノルディスクは、血友病A/Bを対象に抗TFPI抗体コンシズマブ(開発コード・NN7415)のグローバルP3試験を実施中。TFPI(組織因子経路インヒビター)はアンチトロンビンと並ぶ主要な抗凝固因子で、抗TFPI抗体はこれを阻害することで止血能の改善を図ります。抗TFPI抗体としてはほかにも、独バイエルのBAY 1093884と米ファイザーのPF-06741086がP2試験を行っています。
遺伝子治療薬も海外でP3 中外は後継品を開発
遺伝子治療薬の開発も進んでいます。リードしているのは、遺伝性の網膜疾患を対象とする遺伝子治療薬「ラクスターナ」を手掛けた米スパーク・セラピューティクスや、欧州で初めて遺伝子治療薬を発売したオランダのユニキュア。スパークは、ファイザーに導出した血友病B治療薬PF-06838435など3つの遺伝子治療薬が海外で臨床試験を実施中。ユニキュアは血友病B治療薬AMT-061などを開発しています。
血友病の遺伝子治療は、血友病Aの場合は第VIII因子を発現する遺伝子を、血友病Bの場合は第IX因子を発現する遺伝子を投与することで、不足・欠乏している凝固因子を産生させる治療です。1回の投与で生涯にわたる効果が期待されており、患者は定期的な薬剤の投与から解放される可能性があります。
スパークやファイザーのほかにも、バイエルや米バイオマリン・ファーマシューティカルズなどが遺伝子治療の開発を進めています。日本企業では、武田薬品工業がシャイアー買収で獲得した血友病A治療薬TAK-754のP1/2試験を実施中。田辺三菱製薬は昨年、自治医科大とともに血友病Bに対する遺伝子治療薬の研究開発を始めました。
多くの新薬が開発される中、中外も手をこまねいているわけではありません。「次世代ヘムライブラ」と位置付けるNXT007の開発を進めており、昨年、国内でP1/2試験を開始しました。NXT007はヘムライブラと同じ抗活性型第IX因子/第X因子バイスペシフィック抗体ですが、活性を増強することで血液凝固能を健康な人と同レベルまで上げるとともに、半減期の延長によって投与頻度を減らすことを目指しています。
(前田雄樹)