9月10日、国内初の遺伝子治療薬「コラテジェン」が発売されました。注目された薬価は1回60万円となりましたが、投資家に「安すぎる」と受け止められ、アンジェスの株価は急落。アンジェスは本承認後の加算に期待するとともに、収益化に向けて海外展開を急ぐ考えです。
1つの「日本初」と3つの「世界初」
「アンジェスを設立して20年。非常に長かったが、やっと患者に届けることができて大変うれしく思っている」。9月10日に発売された国内初の遺伝子治療薬「コラテジェン」(一般名・ベペルミノゲン ペルプラスミド)。開発した創薬ベンチャー・アンジェスの創業者、森下竜一・大阪大大学院教授(臨床遺伝子治療学)は、発売前日に開かれた記者会見で笑顔を見せました。
コラテジェンは、肝細胞増殖因子(HGF)というタンパク質をつくる遺伝子が主成分で、対象となるのは足の血管が詰まって血液が流れなくなる慢性動脈閉塞症の患者。1バイアルを8カ所に分けて4週間間隔で2回、足の筋肉に注射すると、HGFの働きで詰まった血管の周囲に新しい血管ができ、慢性動脈閉塞症による潰瘍を改善します。
HGF遺伝子を使った治療薬はコラテジェンが世界初で、血管新生作用を持つ遺伝子治療薬も世界初。加えて、遺伝子の運び屋(ベクター)にウイルスではなくプラスミドというDNA分子を使ったのもコラテジェンが世界で初めてです。アンジェスの山田英社長は記者会見で「1つの『日本初』と3つの『世界初』からなる大変意義のある製品だ」と胸を張りました。
本承認後の加算に期待
そんな“初ものづくし”のコラテジェンには、投与1回あたり60万360円という薬価がつきました。薬価を決めた8月28日の中央社会保険医療協議会(中医協)の資料によると、ピーク時に予想される年間の投与患者数は992人、売上高は12億円。株式市場では「薬価が安すぎる」と受け止められたようで、薬価が事前に報じられた同27日から29日にかけて、アンジェスの株価は4割も下落しました。3349万円の薬価がついたCAR-T細胞療法「キムリア」などと比べると、確かにその安さは際立ちます。
再生医療等製品の価格算定は、投与形態などの製品特性から医薬品に近いと判断されたものは薬価の算定方式に沿って、医療機器に近いと判断されたものは医療機器の算定方式に沿って行われることになっています。再生医療等製品に特化した価格算定の仕組みは、今のところありません。
コラテジェンは医薬品に近いと判断され、薬価は製造原価に企業の利益や流通経費を積み上げる「原価計算方式」で算定。しかし、画期的な治療薬であるにもかかわらず、それを評価する「画期性加算」や「有用性加算」はつきませんでした。そもそもコラテジェンは、ごく小規模の臨床試験の結果をもとに5年間の条件・期限付きで承認されており、今はいわば「仮免許」の状態。加算がつかなかった背景には、データが乏しく現時点では有効性の評価が限定的であるという事情があります。
「薬価は国が決めること。コメントは控える」
アンジェスの山田社長は記者会見で、「薬価は国が決めることなのでコメントは差し控えたい」とする一方、「本承認になれば加算の可能性もあるので、期待を込めて努力していきたい」と語りました。本承認を得るには、5年間の期限内にコラテジェンを投与した患者120人、投与しなかった患者80人のデータを集め、有効性を証明する必要があります。
遺伝子治療薬を含む再生医療等製品の条件・期限付き承認制度は2014年の医薬品・医療機器等法改正で創設されましたが、本承認に至った製品はまだありません。山田社長は「まずは本承認を取得するのが最も大事な仕事」とし、販売を担う田辺三菱製薬の三津家正之社長も「3年ほどで患者を集め、データをしっかり組み上げていきたい」と意気込みます。
加算のあり方 中医協で検討
再生医療等製品の価格算定は、2020年度の次期薬価制度改革に向けた大きなテーマの1つとなっており、中医協で検討が行われています。
これまでの議論では、中医協で算定実務を担う薬価算定組織が、
▽条件・期限付きで承認された再生医療等製品が本承認を受けた場合、市販後のデータをもとに改めて画期性加算・有用性加算に該当するかどうか判断すること
▽条件・期限付きで承認された再生医療等製品の薬価は、限られたデータに基づいて算定されているため、本承認までの間は「暫定薬価」などと呼ぶこと
――などを提案。
産業界からは、
▽再生医療等製品の革新性・画期性の価値を十分反映できる価格算定方式の創設(再生医療イノベーションフォーラム)
▽収載時に「条件付き加算(仮加算)」をつけ、一定期間後に再評価して加算を調整する「評価見直し再算定」の導入(日本バイオテク協議会)
――を求める声が上がっています。
こうした意見を踏まえ、9月11日の中医協薬価専門部会では、厚生労働省が▽再生医療等製品独自の価格算定体系の創設▽単価の高い製品に対する収載時の加算のあり方▽本承認時に医療上の有用性が客観的に示された製品の扱い――などを論点として提示。年内には結論を取りまとめる予定です。
収益最大化へ 米国開発急ぐ
アンジェスは今後、本承認の取得に向けた調査に力を注ぐとともに、コラテジェンの適応拡大や販売地域の拡大に取り組み、収益の最大化を図る考えです。山田社長は記者会見で「遺伝子治療薬のグローバルリーダーを目指して研究開発を進めていきたい」とし、特に患者が多く市場も大きい米国での開発を急ぐ方針を強調。欧州やアジアでも承認取得を目指すと述べました。
アンジェスは今回承認された潰瘍の改善だけでなく、安静時疼痛の改善も含めた適応で申請していましたが、データが十分でなく潰瘍に限定した承認となりました。アンジェスは、安静時疼痛への適応拡大に向けた臨床試験を行う予定。森下教授によると、動物実験では静脈瘤による潰瘍や褥瘡による潰瘍などでも効果が示唆されているといい、アンジェスはこうした疾患に対する開発の可能性も探ります。
コラテジェンは2008年に最初の申請を行ったものの、データの不足を理由に一旦申請を取り下げ、追加試験を行った上で10年後に再申請した経緯があります。森下教授がHGF遺伝子治療薬の研究を始めて25年、苦難を乗り越えて実用化にこぎ着けた新たな治療は、どう市場を開拓していくのでしょうか。適応拡大や海外での承認取得に向けた開発とともに、価格算定制度の行方が注目されます。
(前田雄樹)