次世代の腎性貧血治療薬と期待されるHIF-PH阻害薬が、国内で開発の最終段階に入っています。
国内では現在、5品目が開発中で、このうち4品目が臨床第3相試験を実施中。アステラス製薬のロキサデュスタットは先日、1本目のP3試験で良好な結果を得たと発表。田辺三菱製薬のバダデュスタットも今月、P3試験を開始しました。
腎性貧血の治療は「ネスプ」「ミルセラ」などESA製剤が中心。HIF-PH阻害薬はこれらに取って代わることになるのでしょうか。
転写因子を安定化 エリスロポエチンの産生増
腎性貧血は慢性腎臓病(CKD)*の一般的な合併症の1つ。腎臓の機能が低下すると、赤血球の産生を促すのに重要な働きをするホルモン「エリスロポエチン」の分泌が減り、赤血球を十分につくれなくなることで貧血を引き起こします。
日本腎臓学会によると、CKDの国内患者数は、成人の8人に1人にあたる約1330万人と推計。高齢化に伴って患者数は増加しており、「新たな国民病」とも言われています。主な発症原因は、脂質異常症や糖尿病、高血圧などの生活習慣病です。
腎性貧血を対象に開発が進むHIF-PH阻害薬は、高地などの低酸素状態にヒトが適応する生理的な反応を活性化させる薬剤。細胞への酸素供給が不足状態に陥ると誘導されるエリスロポエチン転写因子「低酸素誘導因子(HIF)」を安定化させ、エリスロポエチンの産生を増やすとともに、鉄の利用効率を高めて赤血球の産生を増やします。
アステラスは1本目のP3結果を発表 田辺三菱もP3開始
国内では現在開発されているHIF-PH阻害薬は5品目。このうち4品目が臨床第3相(P3)試験段階にあり、激しい開発競争が繰り広げられています。
最も開発が進んでいるとみられるのがアステラス製薬のロキサデュスタット。米FibroGenと日本や欧州などで共同開発しており、10月31日には国内で行っている6本のP3試験のうち、最初の1本で良好な結果を得たと発表しました。
試験は、赤血球造血刺激因子製剤(ESA)による治療歴のある患者43人、ESAによる治療を行っていない患者13人の計56人を対象に実施。発表された結果によると、ESA未治療患者の92.3%、ESA既治療患者の74.4%が、投与18週~24週に目標とするヘモグロビン値(平均10.0~12.0g/dL)を維持。忍容性も良好だったといいます。
田辺三菱製薬は11月1日、米アケビアから導入したバダデュスタットについて、透析前の保存期の患者と腹膜透析中の患者を対象に、ESAダルベポエチンアルファ(製品名・ネスプ)と比較するP3試験を開始したと発表。このほか、グラクソ・スミスクラインのdaprodustatと、バイエル薬品のmolidustatがP3試験を行っています。JTは10月26日に自社創製のJTZ-951を子会社の鳥居薬品と共同開発・共同販売する契約を結んだと発表しました。
田辺三菱は2020年度中にバダデュスタットを国内で発売したいとしています。20年前後には相次いでHIF-PH阻害薬が臨床現場に登場することになりそうです。
ESAは800億円超える市場
現在、腎性貧血の治療に使われているのは協和発酵キリンの「ネスプ」「エスポー」と中外製薬の「ミルセラ」「エポジン」といったESA。中でも投与間隔の長い「ネスプ」と「ミルセラ」が主流で、両剤の売上高はあわせて800億円を超えます。
ESAは注射剤であることに加え、低反応性で効果が得られない患者がいることが課題として指摘されています。経口剤のHIF-PH阻害薬は、ESA低反応性の患者にも効果がある可能性があり、ESAの次を担う腎性貧血治療薬として期待が寄せられています。
HIFは低酸素状態への適応だけでなく、さまざまな生体現象の調節に関与していることが知られており、HIF-PH阻害薬は虚血性心疾患などにも効果を示す可能性がある一方、VEGF(血管内皮細胞増殖因子)の産生にも関与しているため、血管新生が促されてがんや糖尿病性網膜症を悪化させてしまうこともあり得ます。これまでの臨床試験では特に問題はみられていないようですが、懸念を払拭できるかが発売後の市場浸透を占う上で1つのポイントとなりそうです。
HIF-PH阻害薬はESA低反応性の患者から使われはじめ、徐々に処方が広がっていくと予想されます。一方、腎性貧血治療薬として最も使われているネスプは19年に特許切れが迫っており、協和発酵キリンはオーソライズド・ジェネリックを開発する方針。複数の企業がバイオシミラーの開発を進めています。HIF-PH阻害薬とバイオシミラーの登場で、腎性貧血治療薬の市場は向こう数年間で大きく変化していくことになりそうです。
*慢性腎臓病(CKD)腎臓の障害が慢性的に続いている状態のことをいい、▽尿異常、画像診断、血液、病理で腎障害の存在が明らか(特に尿蛋白が重要)▽糸球体濾過量(GFR)が60mL/分/1.73平方メートル未満――のいずれか、または両方が3カ月以上続くとCKDと診断される。 初期には自覚症状はほとんどなく、進行するとむくみや貧血、だるさ、息切れなどの自覚症状が表れ、腎不全になると人工透析や腎移植が必要になる。 |