日本の医療をめぐる“常識”が覆されかねないデータが、OECD(経済協力開発機構)から発表されました。
OECDの統計によると、2014年のGDP(国内総生産)に占める保健医療支出の割合で、日本が米国、スイスに次いで加盟35カ国中3位にランクイン。前年の8位から一気に順位を上げました。
日本の医療は安くて質が高い――。こうした認識は、少なくともコストの部分については改める必要があるのかもしれません。
スウェーデン、フランスなど「高福祉国」抜く
OECD(経済協力開発機構)が7月上旬に公表した統計によると、日本の2014年の保健医療支出は55兆3511億円。GDP(国内総生産)に対する比率は11.4%で、米国、スイスに次いで3位となりました。前年と比べると1.2ポイント増え、順位も8位から急上昇。OECDの推計によると、15年度も11.2%で3位となっています。
※GDP(国内総生産)…国内で生み出された生産物やサービスの総額。その国の経済規模を表す。
日本のGDPに占める保健医療支出の比率は、過去、OECD加盟35カ国中10位前後で推移しており、これが「日本は先進国の中でも安い費用で質の高い医療を提供している」と言われる大きな理由となってきました。ところが、14年の統計では順位を大きく上げ、スウェーデンやフランス、デンマークといった「高福祉」と言われる国々よりも上位に。「安い費用で」の根拠は崩れかかっています。
OECDが基準見直し 介護費用の計上が順位押し上げ
とはいえ、13年から14年の1年間で日本の医療費が急激に上昇した、というわけではありません。確かに日本の医療費は高齢化の進展に伴い増加を続けていますが、今回、順位が急上昇した理由は別のところにあります。OECDが保健医療支出の算出基準を変更し、これまで保健医療支出に含まれていなかったサービスの費用を新たに計上しなければならなくなったからです。
OECDの保健医療支出は、疾病の治療費に、市販薬や介護サービス、予防(予防接種や健康診断)、出産、差額ベッド代などを加えたもの。厚生労働省が発表している、公的医療保険が給付される治療費を対象とした「国民医療費」よりも幅広い概念です。OECDが定めたSHA(A System of Health Accounts)というガイドラインに基づいて算出されます。
食事・入浴などのサービスも
OECDは11年、このSHAを改訂。保健医療支出の構成要素の1つである、介護などの「長期医療(保健)サービス」に、従来の「医療の有資格者が提供するサービス」に加え、「ADL(日常生活動作)に関するサービス」が含まれることになりました。
日本の保健医療支出を算出し、OECDに提出している「医療経済研究機構」によると、この見直しによりって食事や入浴などの介護サービスが保健医療支出として新たに計上されることになったと言い、計上する介護保険サービスの種類は従来の16サービスから38サービスに拡大。これが保健医療支出を6兆1452億円、対GDP比を1.2ポイントも押し上げる大きな要因となりました。
OECDは今回の公表分から新たな基準に完全に移行するとしていましたので、医療経済研究機構はこれに合わせて新基準に基づいたデータをOECDに提出しました。医療経済研究機構は「諸外国がどのような対応を行ったかについては現在のところ明確にはなっていない」としていますが、数値が跳ね上がったのは日本を含めごく少数。介護費用の計上範囲が広がったことで、高齢化が加盟国で最も進んでいる日本が、特に大きな影響を受けることになりました。
医療政策の議論にも影響か
保健医療支出の対GDP比は、医療費の国際比較を行うための重要な指標。医療費自体は増加しているものの、先進国と比べると低水準であるという、日本の医療の「安さ」を裏付けるデータとして至るところで使われ、診療報酬をはじめとする医療関係予算の増額を求める主張にも力を与えてきました。
ところが今回、日本の医療費は国際的にも高い水準にあることが明らかになったことで、厚労省や医療関係者の主張は大きな拠り所を失うことになります。
医療経済研究機構は「各国の医療・介護保険制度はきわめて多様なため、数値の比較は慎重に行う必要がある」とクギを指しますが、「低医療費」を前提としてきた医療政策をめぐる議論に影響を与えるのは必至。医療費はさらなる削減圧力にさられる可能性があり、薬剤費への逆風も強まりかねません。