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【英EU離脱】揺らぐ新薬創出世界3位の地位―研究開発力の低下懸念、魅力失う英国市場

更新日

英国のEU(欧州連合)からの離脱で、新薬創出世界3位を誇る英国の地位が揺らいでいます。

 

研究資金の減少や人材流出による研究開発力の低下が懸念されており、世界の勢力図が塗り替えられる可能性も。欧州医薬品庁の移転により事業拠点としての優位性が下がるのは必至で、薬事規制の見直しによる負担増で英国市場の魅力が失われることも想定されます。英国の製薬産業は、地盤沈下の危機にさらされています。

 

 

資金減少・人材流出で「科学の進歩阻害」

「英国製薬産業の投資、研究、雇用に試練を与えることになる」。英国製薬産業協会のマイク・トンプソン最高経営責任者(CEO)は、離脱派が勝利した国民投票の結果に強い危機感を表明しました。

 

英国には、地元のグラクソ・スミスクラインやアストラゼネカのほか、多くの欧米製薬大手が研究開発拠点を構えています。日本企業では、武田薬品工業や第一三共、エーザイが研究開発子会社を英国に配置。英国の大学と日本企業の共同研究も盛んです。

 

英国は世界でも数少ない新薬創出国の1つです。米IMSヘルスのレポートをもとに医薬産業政策研究所が行った集計によると、2014年の世界売上高上位100品目のうち、英国企業が生み出した医薬品は8品目。日本と並んで世界3位に位置しています。

 

医薬品創出企業の国籍別医薬品数

 

しかし、EUからの離脱はその地位を大きく揺るがすことになりそです。英フィナンシャル・タイムズ(FT)は国民投票前の5月28日、「英のEU離脱は科学の進歩を阻害」と題する社説を掲載。製薬業界では、EU離脱により英国の研究開発力が低下すると受け止められています。

 

FTの社説によれば、英国はEU予算の12%を拠出している一方、EUの研究助成金の15%超を受け取っているといいます。社説では「近年の成果は、頭打ちになった英政府の助成を補っているEUからの資金流入によるところが大きい」と指摘。EU離脱によってこうした研究資金が失われ、人材の流出が起こると警鐘を鳴らしていました。

 

みずほフィナンシャルグループが6月24日にまとめたレポートでも、EU加盟国との共同研究の減少や人材流出により英国の研究開発力が低下することを懸念。EUと欧州製薬団体連合会は、共同で資金を拠出し、新薬開発を行う製薬企業に提供する「革新的新薬イニシアチブ」を行っていますが、こうした共同研究の枠組みから英国が漏れてしまう可能性を指摘しています。

 

EMA移転、事業拠点としての優位性低下

世界の製薬大手が英国に構えているのは研究開発拠点だけではありません。日本企業では、武田薬品とアステラス製薬、エーザイが欧州事業の統括会社を英国に配置。エーザイはさらに、グローバル生産拠点となる工場も英国に置いています。欧米の製薬大手も多くが欧州の事業拠点を英国に設けています。

 

このように、英国が世界中の製薬企業を引き寄せるのに大きな役割を果たしてきたのが、ロンドンに本部を置く欧州医薬品庁(EMA)です。EMAはEU全体の薬事規制を統括する組織で、新薬の承認審査などを一括して担当。EMAの承認を取得すれば、EU各国で販売が可能となる「中央審査方式」が一般的です。

 

EU離脱でEMAは英国外に移転することになり、製薬企業が英国に事業拠点を構えるメリットは大きく損なわれます。海外メディアによれば、ドイツやイタリア、スウェーデン、デンマークなどがEMAの誘致に意欲を示していると言い、英国に事業拠点を置く製薬企業がこれに追随するのは確実。英国への投資縮小は避けられそうにありません。

 

規制見直しで負担増、英市場の優先度下がる可能性

英国のEU離脱に関する製薬業界の最大の関心事は、EUの薬事規制が変わるかどうか、でしょう。EUの問題を議論した6月28日の経済財政諮問会議では、民間議員の榊原定征・経団連会長から、▽EMAの移転先▽製品の基準・認証などに関するEU規則の存続・変更――に製薬業界が関心を持っていることが示されました。

 

EU離脱により、英国はEMAを中心とするEUの薬事規制の枠組みからも離脱するとみられています。英国で医薬品の開発や承認申請を行う製薬企業は、EUとは別に英国独自のルールに沿った対応が必要となります。

 

英フィナンシャル・タイムズは5月31日付の社説で「EMAがロンドンを去り、英国の医薬品・医療製品規制庁が後を受けることになれば、新薬のライセンシングを承認に混乱が生じて患者や診療、製薬業界に損害が及ぶ」との懸念を表明していました。

 

単体で見れば大きくない英市場

薬事規制の変更により製薬企業の負担は増えますが、英国の医薬品市場にはそれを跳ね返すだけのメリットがあるとは言い難いのが現状です。

 

EUは全体として見れば世界2位の巨大な医薬品市場ですが、それぞれの国ごとに見ると市場規模はそれほど大きくありません。米IMSインスティチュートのレポートによると、英国の2015年の市場規模は277億ドルで、欧州ではドイツ(412億ドル)、フランス(313億ドル)に次ぐ3位。日本(783億ドル)の3分の1程度で、ブラジル(281億ドル)も下回っています。

 

世界各国の医薬品市場規模

 

市場規模はさほど大きくないにも関わらず、手間や負担が増えるとなると、医薬品市場としての英国の魅力は失われます。世界の製薬企業は今後、負担の重さと市場性を天秤にかけて、英国の優先度を見極めることになります。結果、“うまみ”がないと見れば、「英国市場を見捨てる」あるいは「英国市場を後回しにする」という判断をする企業が出てきてもおかしくありません。研究開発力の低下も相まって新薬開発は遅れ、英国市場の衰退につながる可能性もあります。

 

EUの規制に留まり続ける可能性も

ただし、英国がEUの薬事規制の枠組みに留まり続ける道も残されています。実際、現在のEUの薬事規制には、EU加盟国にアイスランドとリヒテンシュタイン、ノルウェーを加えた欧州経済領域(EEA)の31カ国が参加しています。

 

ロイター通信は「英国が医薬品の認可当局を独自に設置するのか、単にEUの基準に従うのか、まだ定かではない」との米国研究製薬工業協会のコメントを伝えました。どちらに転ぶかは不透明で、製薬企業は様子見の状況が続きそうです。

 

英国のEU離脱でポンドは急落し、一時はドルに対して31年ぶりの安値をつけました。薬事規制やEU市場へのアクセスなど不確実な要素は多く残りますが、記録的なポンド安で英国企業が買収の標的になる可能性もゼロではないでしょう。

 

AnswersNews編集部が製薬企業をレポート

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