11月に行われる米大統領選は、ヒラリー・クリントン氏(民主党)とドナルド・トランプ氏(共和党)がそれぞれ候補指名獲得を確実にし、「クリントンvsトランプ」の対決が確定しました。
連日、激しい舌戦を繰り広げる2人ですが、薬価の高騰に対する問題意識は一致しており、両者とも公約で処方薬のコスト削減を打ち出しています。どちらが大統領になっても、製薬業界への締め付けは強まりそうです。
薬価高騰に批判噴出
Financial Toxicity(財政的な毒)――。米国では、薬価の高騰をこう呼んでいると言います。ロイター通信によると、2011年以降、米国で売上高上位10製品に入る処方薬のうち4製品が2倍以上、6製品が5割以上、価格を引き上げたといいます。
薬価の高騰は米国でも社会的な問題となっています。15年には、米製薬会社チューリング・ファーマシューティカルズが、60年以上前に開発された感染症治療薬「ダラプリム」の価格を1錠13.5ドルから750ドルに引き上げたことに批判が噴出。カナダのバリアント・ファーマシューティカルズも同様の批判を浴びており、薬価を吊り上げて利益を上げる一部製薬企業の経営手法は米国議会でも問題視されました。
両氏とも「政府が価格交渉を」
対立点ばかりが伝えられるクリントン氏とトランプ氏ですが、薬価の高騰に対する問題意識は一致しています。両氏とも、メディケア(高齢者や障害者向けの公的医療保険)で給付する処方薬の価格を政府と製薬企業が直接交渉することで価格を引き下げると主張しています。
現在、米国では政府が直接、製薬企業と薬価交渉を行うことが禁じられています。自由競争は米国社会の大原則で、薬価とて例外ではありません。政府による薬価交渉が禁じられているのも、市場での自由な競争が損なわれる、との理由からです。
実質的な公定価格に?
クリントン氏は、処方薬の価格引き下げのために「4000万人超という加入者数が持つ影響力を使うべきだ」と主張。バイイングパワーを発揮してコスト低減を図ろうということで、政府による価格交渉は当選した場合の「最優先事項」になると語っています。
対するトランプ氏も、集会でたびたび「価格交渉ができないなんて信じられるか」などと疑問を呈しており、政府が価格交渉を行えば3000億ドル以上が節約できると繰り返し発言しています。
仮に政府による価格交渉が現実のものとなった場合、メディケアで政府と製薬企業が合意した薬価に、ほかの民間保険会社も追随する可能性があります。実質的に公定価格を形成することになる、とも言えるでしょう。
処方薬の輸入解禁でも一致
処方薬の輸入を解禁すべき、という主張でも両者は一致しています。
米国では現在、製造元以外が米国外から処方薬を輸入することは禁止されています。しかし両氏は、安全性に配慮した上でこれを認めることを公約の1つに掲げています。
クリントン氏は「同じ治療でありながら、アメリカ人には高い価格を強い、海外ではるかに低い価格としているのは不公平だ。同じ薬でも欧州では半分の値段で済む」と強調。米国と同等の安全基準を持つ国から個人的な使用のために医薬品を輸入することを認めるとしています。
トランプ氏も「安全で信頼性が高く、安価な製品を提供する薬剤プロバイダに対し、自由市場への参入障壁を取り除く」と公約。「海外から輸入された安全で信頼性の高い医薬品へのアクセスを許可することは、消費者にさらなるオプションをもたらすだろう」と主張しています。
トランプ氏 共和党としては異例の主張、クリントン氏はさらに強硬姿勢
共和党にとって製薬業界は主要な支持基盤の一つですので、共和党候補が薬剤コストの削減を訴えるのは異例です。トランプ氏は「製薬産業は民間部門だが、製薬企業は公共サービスを提供している」と主張。議会に対しても「特別な利害関係から離れ、アメリカにとって正しいことをする勇気が必要だ」と迫っています。
広告宣伝費の控除廃止、薬剤費の自己負担に上限
クリントン氏はさらに強硬な態度をとっており、製薬企業に対し、過剰な利益を得ることやマーケティングに多額の費用を投じるのをやめるよう要求。消費者向けの直接広告をやめるよう求め、製薬企業の広告宣伝費に対する税額控除を廃止する考えを示しています。
さらに、後発医薬品やバイオシミラーが早期に市場参入することを可能にすることで、市場競争を促す考えも表明。健康保険の加入者が負担する処方薬の費用に、月額250ドルの上限を設ける案も明らかにしています。
「いずれの政権下でも製薬企業は敗者に」
こうして見てみると、どちらが大統領に就任しても、製薬業界への圧力は強まりそうです。米「U.Sニューズ&ワールド・レポート」誌は、「製薬企業は、いずれの政権下でも敗者となる可能性がある」とする投資顧問会社のコメントを紹介する記事を掲載。米国研究製薬工業協会(PhRMA)は、「クリントン氏の提案は、イノベーションの時計を元に戻すだろう」との声明を発表するなど、反発も広がっています。
クリントン氏、トランプ氏ともに、薬価の吊り上げを行う製薬企業に不信感を持っていることは確かでしょう。一方で、製薬業界に対する国民の批判を取り込んで支持を広げたいとの思惑も見え隠れしており、どの程度の実現性があるのかは、なかなか見通せません。
昨年9月、チューリング社の薬価吊り上げを米紙が報じた直後に、クリントン氏がツイッターで処方薬のコスト抑制策の公表を予告すると、米市場では製薬株が軒並み下落。仮にこれらの政策が実現した場合、業界は大きな打撃を受けることになります。
日本企業にも影響
米国では今年3月、クリントン氏と民主党候補を争ったバーニー・サンダース上院議員らの議員団が、アステラス製薬の前立腺がん治療薬「XTANDI」の薬価を引き下げるため、特許を無効とするよう求める、といったこともありました。
自由競争が原則の米国とて、薬価の高騰は国の大きな問題となっており、どちらが大統領に就任したとしても、米国展開する日本企業によからぬ影響を与えることになりそうです。11月の本選まで、両者の主張から目が離せません。