次世代の創薬技術として注目を集める「中分子創薬」に、中外製薬が名乗りを上げました。抗体医薬と低分子医薬品に次ぐ第3の柱に据え、2018年度までに臨床試験入りする新薬候補の創出を目指します。
抗体と低分子の特徴を併せ持ち、これまでの医薬品では狙えなかった標的にもアプローチできるとされる中分子薬。国も2015年度から中分子化合物ライブラリーの構築に乗り出しました。創薬標的が枯渇する中、医薬品の新たなカテゴリーとして期待を集めています。
「細胞内に未開の領域」
中外製薬は、今年1月に公表した2016~2018年の中期経営計画で、環状ペプチドをはじめとする中分子薬の開発を重要テーマの1つに掲げました。
「細胞内に未開の領域が広く広がっている」
中外の田中裕専務は1月の中計説明会で、中分子薬に対する強い期待を示しました。「これまで創薬ターゲットとして使えなかった、いわゆるタフターゲットと言われている創薬標的が細胞の中にある。そういうものに中分子でアプローチしていく」
田中専務によると、中外は10年ほど前から中分子創薬技術の確立に取り組み、「ようやく創薬の基盤技術として使えそうだという段階になってきた」と言います。具体的なターゲットは明らかにしませんでしたが、2018年までの中計期間中に臨床開発入りできる候補化合物を創出したい考えです。
これまで狙えなかったターゲットへのアプローチが可能に
中分子薬は、分子量の少ない低分子薬と、抗体医薬などの高分子薬の中間に位置付けられる医薬品。明確な定義はありませんが、分子量500以下の低分子薬よりは大きく、分子量15万程度の抗体医薬よりは小さい、分子量500~2000程度のものが中分子薬とされています。
低分子薬は、分子量が小さいので細胞内に入り込むことができ、細かな標的を狙うのに適しています。しかし、面積の大きい標的を捉えることはできず、タンパク質同士の結合を阻害することはできません。経口投与が可能で、安く製造することができる反面、標的への特異性が低いため副作用も起こります。
一方、抗体医薬は標的への特異性や結合力が強く、タンパク質同士の結合を阻害するのは得意。しかし、その大きさゆえ細胞内に入ることはできません。製造コストも高く、経口投与ができないというデメリットもあります。
細胞内PPIも標的に
中分子薬は、低分子薬と抗体医薬の利点を併せ持つと言われます。中分子を使うことで、抗体医薬が狙う標的はもちろん、低分子や抗体では狙えなかった、
高い特異性が求められる細胞内分子
細胞内でのタンパク質/タンパク質相互作用
細胞内でのタンパク質/核酸相互作用
にアプローチすることが可能に。経口投与も可能で、化学合成できるため製造コストも安く抑えられると期待されます。
「環状ペプチド」開発活発化、国もライブラリー整備
低分子薬と抗体医薬、それぞれの抱える課題を解決できると期待されている中分子薬の中でも、特に注目を集めているのが「環状ペプチド」。中外も、中分子創薬のベースに環状ペプチドを据えています。
ペプチドとは、2個以上のアミノ酸が結合してできた化合物。通常は一本の鎖状の形をしていますが、その両端を結合させて輪っか状にしたのが環状ペプチドです。環状にすることで、通常のペプチドの弱点である「消化酵素によって分解されやすい」「細胞膜を透過しにくい」といった課題をクリアすることができるとされています。
環状ペプチド自体は医薬品として新しいものではありません。免疫抑制剤シクロスポリン(製品名「サンデュミン/ネオーラル」)などがすでに存在しています。しかしこれらはいずれも天然物由来。人工合成されたものは、世界でもほとんどありません。環状ペプチドは構造が複雑で、合成には手間とコストがかかっていたためです。
合成技術が進歩
しかし近年、環状ペプチドを効率的に合成する技術が開発され、創薬研究に活用されるようになってきました。
創薬ベンチャーのペプチドリームは、天然アミノ酸と非天然アミノ酸を結合させて「特殊ペプチド」を作り、短時間で兆単位の多様性を持つライブラリーとして構築する技術を開発。同社以外にも、日本のベンチャーの中には、中分子化合物の合成技術を持つ企業が複数あります。大手企業との提携も相次ぎ、開発は活発化しています。
中分子創薬に期待をかけるのは企業だけではありません。国も後押しに乗り出しました。
日本医療研究開発機構(AMED)は2015年度から、中分子薬の創出に向けた化合物ライブラリーの構築を始めました。国内のベンチャー企業から計1万5000化合物の提供を受け、ライブラリーを整備。得られたリード化合物を企業に導出し、中分子薬の創出につなげる考えです。
「ポスト抗体」に参入続々
国内外の製薬企業は、創薬標的の枯渇という大きな課題に直面しています。急成長する抗体医薬も、標的分子の限界が見え始めており、数少ないターゲットをめぐる開発競争は熾烈を極めます。
環状ペプチドをはじめとする中分子創薬は、低分子薬や抗体医薬が持つさまざまな課題を解決できる可能性があり、実用化されれば新薬創出の機会は大きく広がります。ペプチドリームは、特殊環状ペプチド医薬品の市場が将来500億ドルを超えるとの見解を示しており、市場としても有望。「ポスト抗体医薬」としての関心も高まっています。
欧米メガも触手
それだけにここ数年、欧米のメガファーマを中心に、中分子創薬への参入が相次いでいます。
環状ペプチドで世界をリードするペプチドリームの提携相手を見ると、スイス・ノバルティスや仏サノフィ、英グラクソ・スミスクライン、米メルク、第一三共など、国内外の大手製薬企業が名を連ねています。
今回、参入を表明した中外製薬は、自社の独自技術で創薬プラットフォームを確立したい考えです。大量生産技術の確立など実用化に向けて克服すべき課題も少なくありませんが、今後も参入する企業は相次ぐでしょう。高いポテンシャルを持つ新たなカテゴリーをめぐり、競争が激化するのは必至です。